タグ:避難 ( 3 ) タグの人気記事

東京電力さん、自主避難者は敵じゃないですよね。。。

10月18日(火)福島からの自主避難者と支援者らが東京電力を訪れ、政府の原子力賠償紛争審査会の結論に関係なく、東電の経営判断で一日も早く自主避難者に幅広く正当な賠償を行うことを明言すること、少なくとも避難費用を賄うため、仮払金を支払うことを決断することを要望した。

文科省への要請アクションに続いて東京電力を訪れたのは、福島から山形県米沢市へ自主避難している西片嘉奈子さん、同じく東京へ避難している杉本渉さん、自主避難者の支援を続けるフクロウの会代表の阪上武さん、FoE JAPAN理事の満田夏花さん、そして脱原発、被曝から国民を守れと叫び続ける俳優の山本太郎さんと各地から集まった支援者約15名。

▽要望書を手渡す西片さん
a0234688_4571612.jpg
a0234688_457196.jpg


●東京電力には仮払い金を払う意志がない

東京電力 福島原子力被災者支援対策本部 福島原子力補償相談室の橘田部長は、
「原発事故から7ヶ月以上が経過し収束に向かっているが、放射性物質の流出がきちっと止まっていない状態が続いており、誠に申し訳ございません。」
と深々と頭を下げた。

FoE JAPANの満田さん
「8月にも自主避難者や弁護士達と東京電力を訪れ411件の領収証を提出した。
対応者より、自主的避難者への賠償は原賠審で議論中であるが、東京電力としても誠意を持って検討するとの言葉があった。
しかし、請求書を提出した方は、東電より第一回の支払いでは賠償金を支払わないという通知を受け取った。
事故から7ヶ月が経過し、自主避難者の中には経済的に困窮してきている人もいる。
原賠審の結論、中間指針を待っていたのでは、こうした人達は救われない。
東京電力として支払う決断をすれば、すぐにでも支払えるものとの弁護士の見解もある。どう考えているのか」

これに対し、東電の橘田部長
「自主的避難者への賠償は、原賠審の指針が出てから、それに沿った形で行う。
指針に明記されていない部分は、相当因果関係が確認されれば賠償する」
「現時点では、仮払いはする考えはない」

と、東京電力の責任、意志での賠償や仮払い金の支払を否定した。

自主避難者の杉本さん
「仮払いをしないのは、制度的な制約があってできないのか、あるいは東電の経営判断があればできるのか?」
に対し、
「仮払いを行う行わないは、会社が決定できること」
と東電が仮払い金を払う意志がないことを橘田部長は明言した。


フクロウの会の阪上さん
「これまでの東電の対応を見ると、自主避難者への賠償が払われないと感じている人が多い。東電として賠償、仮払い金を払う姿勢を早急に示して欲しい」

しかし、この後の議論の中でも、再三の自主避難者らの一刻も早い仮払い、賠償の要請に対し、
「原賠審の指針を待ってから、指針に沿って検討する」との繰り返すのみであった。

▽FoE JAPAN 満田さん
a0234688_4573154.jpg


▽フクロウの会 阪上さん
a0234688_4573556.jpg



▽東電社員に語りかける山本太郎さん
a0234688_457406.jpg
a0234688_4573627.jpg


●山本太郎さんの熱い言葉にも。。。

山本太郎さん
「東電の利益を追求してきた結果、事故が起こりたくさんの人が被害を受けている。
にも関わらず、自分たちはボーナスをもらいながら、一方で賠償や仮払い金が支払われていない。誰が見てもおかしい状況。
指針を待ってとか時間稼ぎをしている間にも、子供たちは被曝している。
将来健康被害がでても因果関係が認められない・・・
そんなことになったら、どんな世の中になるんでしょうか。
企業の中もトップダウンばかりではないはず、人間として今の状況を変えなければならないと思うなら、自身の中で会社の中で戦ってください。子供たちの命がかかっているんだから、責任ある人間として戦ってください。
という言葉にも、何も返答できず。。。目は泳ぎ気味。。。

確かにあの場にでてきた部長さんには、決定権はなく自分の考えを自由に話せるものでもないのかもしれません。。。それが企業なのかもしれません。。。

しかし、会社としてどういった方針を出すかはわからなくても、自分たちの会社が迷惑をかけてしまった人に、寄り添う言葉や態度があってもいいように感じました。。。

とはいえ彼らを擁護するわけではありませんが、会議室の外にも複数の東電社員が立っており、自主避難者達も対応にあたった社員も監視されているかのような状態では、自由に発言できないのかもしれませんが。。。

▽ドアは開きっぱなし、廊下にも東電社員が・・・
a0234688_4572245.jpg



▽東京電力
a0234688_4572833.jpg


▽自主避難者の西片さん(左)と杉本さん(右)
a0234688_4572570.jpg


●東京電力、敵を迎え撃つ?

それから時系列が逆になってしまいましたが、会議室に案内される際に感じたことを書き留めておきます。

この日は東電の別館(東新ビル)の奥まった会議室で要望書の提出および質疑が行われました。
玄関を入ると5名以上の怖い顔の東電社員がお出迎え。
薄暗い廊下の角ごと、また1~2名の怖い顔の東電社員が立っている・・・
廊下を2回か3回曲がったので、会議室に到着するまでに10人くらいの東電社員がいたのでしょうか・・・明らかに異様です。
これでは、お客様をお迎えしているのではなく、どう見ても敵を迎え撃つという方がぴったりの雰囲気。

あまりの異様さに、あの場にいた東電の社員の心のなかを覗きたくなりました。
彼らは、一体どのような気持ちで”自主避難者”たちを迎えたのでしょうか?
「東電さん、自主避難者はあなたたちの敵ではないですよね」と思いました。

▽杉本さん
a0234688_4571364.jpg


●福島市御山町から東京へ避難中の杉本渉さん

東電との会合終了後、自主避難者の杉本さんは、
「仮払いは会社の経営判断でできると、東電は言っていた。
にも関わらず、仮払いをしない東電に失望している。」
と話した。

杉本さんは、福島市御山町から東京築地のホテルに自主避難をしている。
現在33歳で、避難する前は福島市内で酒店を経営していた。
人あたりの柔らかい、人懐っこさを感じさせる優しい好青年という印象。

現在は、東京都を通じて住居費、食費の支援金の給付を受けているが、
「支援金は、これだけで生活するには正直なところ金額が少ない。
今は、自分の貯金を切り崩しながら生活をしている。
この制度は、ある程度貯金のある人にしか利用できないものだと思います。」
と、自治体の避難者への支援の仕組みが充分ではないと訴える。


3月の原発事故以降、山形、新潟、そして東京と避難先を変えながら、すでに7ヶ月が経過し「経済的には非常に苦しい、仮払金としてまとまった金額が支給されれば・・・」と、正直な気持ちを語ってくれました。


原発事故の影響で避難を余儀なくされたのに、
自分たちに責任はなにのに、
賠償がされないために普通に生活するのも難しい。

そして、福島にはいまだ高い放射線量の中、避難を希望しながらも
金銭的な理由で避難できない人達もたくさんいる。

「自分達が求めているのは、当たり前の権利ですよね?」
と、少し悲しそうに微笑んだ杉本さんの表情が忘れられません。
[PR]
by nekotoru | 2011-10-20 05:16 | 福島 避難

「命とお金を天秤には掛けられない」自主避難中の戦う母が文科省へ!山本太郎さんも駆けつける!

10月18日(火)福島からの自主避難者と支援者らが原子力損害賠償紛争審査会を所管する文部科学省を訪れ、自主避難者への賠償を幅広く認めるよう要請を行いました。

この日文科省を訪れたのは、福島から山形県米沢市へ自主避難した西片嘉奈子さん、
自主避難者の支援を続けるフクロウの会代表の阪上武さん、FoE JAPAN理事の満田夏花さん、そして脱原発、被曝から国民を守れと叫び続ける俳優の山本太郎さんと各地から集まった支援者約15名。

a0234688_2213798.jpg


●これまでの経緯~4月22日問題~

前回9月21日に開かれた原子力損害賠償紛争審査会(第14回)の議論の一部をラフに要約しますと・・・
※言葉遣いは著者による脚色です、予めご了承ください。

原子力損害賠償紛争審査会(以下、原賠審)
4月22日より前に避難した人は、避難の時の交通費も避難先の家賃も出しますよ。
でも、4月22日より後に避難した人には、どうしようかな・・・ちょっと考えるね・・・

自主避難者
えっ、4月22日って何?

原賠審
4月22日は、政府が原発から20km圏外で年20ミリシーベルト以上被曝しそうな地域を、計画的避難区域にした日だよ。
だから、避難区域にならなかった所は、避難しなくても大丈夫って政府が決めた日だよ。

自主避難者
えっ、決めたって言われても、20ミリシーベルトの基準って高すぎるし、そもそも前は年1ミリが基準だったじゃん・・・だから、10とか5でもすごい不安(-_-;)
それに、原発から毎日たくさんフレッシュな放射能が出てたよね。
だらか、「避難区域以外は安全です」って一方的に言われても、4月22日の前後で何も状況が変わってないし、???なんだよね。

それに、官僚さんや、東電の社員さんみたいにみんなお金をいっぱい持ってるわけじゃないし、避難先がすぐ見つかるわけじゃなし、仕事だってほっぽり出すわけにいかないし、家族と話し合う必要だってあるから、避難しようと決めたって色々事情があって、すぐに避難できるわけじゃないんだよ。
だから、後からいきなり4月22日とか言われても困るんだよね。

原賠審
そんなの知らないよ。

自主避難者
知らないじゃなくて、ちゃんとみんなの話を聞いて、実情を知ってから色々決めてよ。

原賠審
検討します。

自主避難者
たっ、たのむよ

※実際には、このようなラフな言葉遣いはされておりません。あくまでも当ブログ上での脚色です。

そして、上記のような原賠審(第14回)を踏まえて行われた、10月3日の政府交渉で自主避難者から原子力損害賠償対策室に下記の要望が出されました。

・当事者の声を聞く公聴会等を、複数回開いて欲しい。

・4月22日とか20ミリシーベルトとかで、賠償範囲をすごく狭めようとするのはやめて、事故前の公衆の被曝限度の年1ミリシーベルト以上の地域からの自主的避難は広く補償の対象にして欲しい。

そしてそして、次回原賠審(第15回)で自主避難者2名が委員の前で意見を言うことができるように!
要望がほんの一部ですが、認められました!


そして更に押せ押せ!ということで、この日の原子力損害賠償対策室への要望書提出アクションが行われました。


●自主避難者たちの声

この日、西片さんから原子力損害賠償対策室の新岡輝正係長に、「自主避難者・避難希望者の声を聞き、幅広い賠償を」という要望とフクロウの会とFoE JAPANが集めた自主避難者の声185名分が手渡されました。

自主避難者の声を一部転載します。
読んでいて涙が溢れてきます・・・この方たちの心が少しでも救われるような、対応を政府や東電にはとって欲しい。
そうでなければ、僕はもうこの国を信じられない・・・

『私達は、福島第1原子力発電所の事故がなければ、福島を離れることはありませんでした。人それぞれ、愛する人達を守る方法にやり方はあると思います。
どうか私達「自主避難者」と呼ばれる者が、断腸の思いで選んだやり方を、愛する人達を守る正当な方法であることを理解して下さい。

小さな山を一つ越えると、避難区域です。そんな場所に小さい子供を住ませることはできません。親として子供を守るのは当然です。』

自主避難を否定することは、幼い命を摘み取っているのと同じです。逃げたいけれど、張り巡らされた安全キャンペーンにしばられ、こどもにスマナイと自分を責める親の心。逃げたけれど、補償も未来もみえずに不安な日々。

□FoE JAPANさん作成のPDFにて、全文をお読み頂けます。
自主避難者の声(抜粋)
自主避難者の声(全文)


a0234688_2214361.jpg


●命とお金を天秤には掛けられない

小学生二人の母親である西片さんは、要望書を手渡した後、新岡係長に向って溢れる言葉を投げかけた。
自分がその立場に立ったらどうだろうかと考えて欲しい。

自主避難をしている人達は、お金があるから避難している、避難できたのではない・・・子どもの命と健康を考えた時に、命とお金を天秤に掛けてはいけないという思いが強くあり、母子家庭でお金はなかったが避難を決断した。

お金がないけど避難した人も、お金がなくて避難に踏み切れない人も、たくさんいる。
そういう人達の心に寄り添って欲しい。」

子供たちをみんなを守る!戦い抜くという強い決意と優しさが伝わってきた。


a0234688_22146100.jpg


●山本太郎さん「目の前のお金ではなく、国民の命を守ってほしい」

山本太郎さん
求めているのは当然の権利、生きていくための当たり前の権利。
それを守れない国や役所はいらない。

震災からすでに7ヶ月以上たっている、その間にもみんな被曝し続けている。
お金ではなく、国民の命を守るということを考えて欲しい。
命を守らなければ、国は成り立たない。
目の前のお金を考えるから今のような政策になる。
そうではなく、まず命を守ってからの経済という順番で考えて欲しい。

命を守ってくれない国に、みんな税金を払ってもいいのかと思うのではないか?
福島の人や市民団体がここにきてお願いすること自体がおかしい
本来は国や役所が先回りして国民を助けるべき

ちゃんと仕事をして欲しい


a0234688_2214194.jpg


新岡係長
「いただいた意見や要望はしっかり受け止めます。
いただいた要望や意見を踏まえて、自主避難や除染についてもできるだけ早く検討していきたいと思います。」

そして、FoE JAPAN満田さんの
「この要望書を原賠審の委員の方々に渡して欲しい」
との要望に
「わかりました」と新岡さん


この新岡さんは悪い人ではないように見えた。
きっと、西片さんや太郎さんの言葉が胸に響いていると思う。(そうであって欲しい)

当事者の声、同じ場所にいるから伝わる熱、感じられる空気
そういったものは、人の心を動かす力になるものだと思う。
だからこそ、物事を決める権限のある人たちに、当事者の声が届けることがとても大切だと思う。

とにかく、次回原賠審(第15回)において福島の当事者が意見をのべることができるようになったのは、一歩前進!
福島の人達の思いが原賠審の委員の方々に届いて欲しい。
[PR]
by nekotoru | 2011-10-19 22:16 | 福島 避難

福島県三春町から避難してきたママのお話~放射能から避難したママネット 増子理香さん~

9月17日(土)私の暮らす国立市のお隣の立川市にて反原発デモ「原発どうする!たまウォークin立川」が開催されました。

都心で行われるデモと比べると規模は小さく約400名程の参加ではあったものの、
比較的のんびりムードの多摩地区でも、こうしてデモが行われたことに大きな意味があるように感じました。

デモの列には国立市の市議会議員の方の顔もありました。
8月末時点で国立市にも30世帯68名の方が福島から避難してきているということで、市議会でも支援について様々議論がなされているということです。

a0234688_145973.jpg
a0234688_1452750.jpg


ポポポポーン♪ 久しぶりに見た^^

そして、今回のたまウォークの特筆すべき点は、
デモ後に様々な分科会が開催されたこと。

僕は、飯舘村の方の記者会見に参加して以来、
福島のことが気になっていましたので、
「福島とつながる」という分科会に参加しました。

この分科会では、福島第一原発の西方向約50~55kmにある福島県三春町から娘さんと二人で多摩地区に避難してきた増子理香さんのお話を伺うことができました。

a0234688_1465982.jpg


●娘さんとお母さん二人だけの避難 避難できただけでも幸せ

増子さんはご結婚後、三春町のご主人のご実家で、
ご主人、娘さん、義父、義母と五人で暮らしていたそうです。

ご主人のご実家は代々農家をやっており、家には黒毛和牛いたり、田んぼ、山、畑もたくさんもっていた。
増子さん自身、20アールの畑で有機農業を行い、全国のお客様に野菜を送っていたそうです。

三春町の空間線量は、福島県内では比較的低い方で県の発表で1.0μSv/h程度だったが、
ガイガーカウンターで様々な場所を測ってみると、2.0μSv/h近いホットスポットも所々で見つかった。

5月10日に東大和市へ小学校1年生の娘さんと二人だけ避難してきた。
旦那さんは、今も三春町に残っている。

娘さんの学校の友だちの中には、どんなに避難を願っても、
年老いた家族がいたり、牛などの生き物がいたりといった事情で
旦那さんが避難を許してくれない家も多くある。

そんな状況の中、娘さんと二人だけの避難になったが、
避難させてもらえただけでも幸せな家庭のひとつと思っている。

娘さんは、三春町にいた頃はいつもマスクをして外で遊ぶこともできなかったが、
東京に避難してきてからは、マスクなしでお日様の下で汗まみれになって遊ぶことができることを、何より喜んでいる。


●避難のきっかけ 学校は子供を守ってくれない

全国に有機農業のお客様がいたので、
当初は汚染された畑を浄化して、有機栽培農家として
どうやって立ち直っていくかしか考えておらず、
避難ということは全く頭になかった。

しかし、三春町では4月6日に通常通り学校の入学式が行われた。

震災、原発事故直後の混乱の中、幼稚園の卒園式は
すべて中止になっていたにも関わらず、
小学校の入学式はなぜか通常通り行われた。
誰も予想していなかったため、みんな崩れたスーパーやお店で
子供の入学式の正装の服などの準備をするような状況だった。

入学式当時に配布されたプリントの中に、
学校の放射能に関する考え方を記載しものがあり、
福島県の放射線リスク管理アドバイザーの山下先生の
「10mSv以下であれば、子供の健康被害は全くありません。」
という言葉があった。
学校はこの方針に従い、校庭での体育をはじめ、通常通りの学校活動を行いますということが書かれていた。

それを見て驚き、すぐに教育委員会等に問い合わせたが、
文部科学省からの指示だからということで、
そのまま学校の授業が始まりそうだった。

保護者200人ほどがあつまった保護者会の席で、
「校庭で体育をやるのはおかしいから、校長先生に話をしにいきましょう」
と呼びかけたが、
校長先生に会いに行く日に集まったのは、
増子さん含めたったの3人。
周りの目などがありなかなか行動できない人が多い現実があった。

結局、学校は通常通りはじまってしまし、
給食も地産地消、福島産の牛乳がだされるような状況だった。

水の安全性も疑わしかったので、
自宅では水道水(井戸水)の使用をやめ、
九州から送ってもらったお水を子供さんに飲ませていた。
学校にも九州の水を持たせたが、
先生から「学校の水道の水は安全だから、持ってきた水は飲んではだめ」と言われて、
子供さんは学校で持参した水を飲むことができなかった。

家で水道水を飲むことをやめていたため、
抵抗感から学校の水道水を飲むこともできなかった。

牛乳も飲んではダメと言っていたので、
その日は喉がかわいても水も牛乳も飲まないまま
学校での一日を過ごすことになってしまった。

そんなことがあり、親は家では子供を守れるが、
学校では先生の理解が得られなければ
子供を守ることができないと思い、避難を考え始めた。


●罹災証明がないと避難できない、東京へ自主避難

避難を考え始めた時に、
都営住宅やURなどに問い合わせをしたが、
罹災証明がないと受付さえしてもらえなかった。

三春町は、避難地域に指定されているわけでもなく、
家が倒壊したわけでもなかったので、罹災証明が出ず
国や自治体関係の機関を通しの避難の道は閉ざされていた。

しかし、偶然インターネットで
個人的に被災者支援をしているサイトを見つけ、
避難者の受け入れをしていた個人のお宅に直接連絡をして、
受け入れ先を見つけることができた。
今現在も、そこで生活をしている。


●三春町に残ったお母さん達の不安と校庭の除染

避難後、三春町に残っているお母さんたちの話を聞くと、
お母さんたちと学校の感覚にズレがあることがわかった。

4月は父兄からの不安の声で
体育館で行なっていた体育の授業を、
ゴールデンウィーク明けから
校庭でやりましょうということになった。

しかし、ほとんどの親御さんは放射能について不安を持っていたので、
体育の授業は「見学希望」と学校へのお便り帳に書いてきた。

ただし、親御さんが学校に伝えた理由は、
「風邪」や「腹痛」などの通常の病気であり、
「放射能」が心配だからと言える人はいなかった。
不安だけれど、それを口に出しにくい空気ができていた。

しかし、そんなことが続く中で、
町や学校の意識も変わり始め校庭の除染が行われることになった。

国からは、校庭の線量が1mSv/yを超える学校には
除染の費用を援助するという通達が来たが、
三春町では線量に関わらずすべての学校で除染が行われた。

増子さんの娘さんが、かつて通っていた学校の校庭は、
除染前0.9μSv/hから、除染後0.3μSv/hまで線量を低減することができた。

しかし、年間1mSvの基準よりは、
まだまだ線量が高いため、
今現在でも校庭での活動は制限されている。
プールでの活動も今のところ中止になっている。


●放射能を不安がるのはタブーな空気

三春町に残った人達の間では、
放射能を心配するということが
たとえ家族同士の会話であっても難しい空気になっていた。

三春町に残っているご主人と電話で話す際も
セシウム牛の話などをすると、怪訝がられる。

逃げたくても逃げられない人
逃げるつもりがない人
にとって、見たくない現実である
”放射能汚染”に反応することが、
タブーのようになりつつある。

増子さんが避難する直前の5月初旬は、
マスクをするのが恥ずかしい
放射能を不安がるのがおかしい
といった雰囲気があった。


●福島県外からの働きかけをお願いしたい

東京にきて思うのは、
放射能汚染に対する意識の高い人が
福島より多いということ。

福島の人達の放射能をタブー視する空気を考えると、
福島の外の人達が外から働きかけて
福島を変えて欲しい感じている。
※放射能をタブー視する人達が、自分からかわることは考えにくい・・・

中央からの働きかけによって、
福島の除染の助成金が出るようになったり、
20mSv/yの基準が下がったりといった
ことが実現している。
引き続き、福島のために力を貸していただけたらと思っている。


●ママネットをつくった理由、増子さんの想い

福島から避難してきたこと、
自主避難者であることを言えない人もいる。
いじめとか差別とかを恐れて、
子供にも福島から避難してきたことを
言っちゃダメといっているお母さんもたくさんいる。
でも、そういう状況はなんだかおかしいと感じる。

そういった人達を助けたいという思いで、
避難者同士がつながって助けあっていけたらと考え
ママネットをつくった。

避難してきた人も、そうでない人も
みんなで支えあるような空気をつくって欲しい。

脱原発も大切だと思うが、
まず今現在も被曝している福島や関東の子供たちを
守ることが大切だと思っている。
私は、この方向からの動きを続きていきたい。


□増子さんが代表をつとめるママネットのHP

避難してきたママさん
ぜひ増子さんとつながってください。

つながろう!放射能から避難したママネット@東京
[PR]
by nekotoru | 2011-09-24 14:08 | 福島 避難


普段は猫写真家ですが、たまに小さなメディアになって伝えます。おしどりマコさんケンさんの「自分がメディアになろうぜ」一期生?(仮&非公認)自分で見たこと聞いたこと、感じたままにお伝えします。


by nekotoru

プロフィールを見る
画像一覧

S M T W T F S
1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30

カテゴリ

全体
福島 飯舘村
チェルノブイリ
原発
福島 避難
福島 動物
福島 支援
放射能汚染
福島 被害
未分類

最新の記事

飯舘村の猫マメの幸せについて
at 2012-06-27 20:57
飯舘村で会った老犬「やっと会..
at 2012-03-13 19:27
「福島を風化させず、日本の未..
at 2011-12-24 12:58
あの日から8ヶ月半、2011..
at 2011-12-02 19:30
あの日から8ヶ月半、2011..
at 2011-12-02 18:58

以前の記事

2012年 06月
2012年 03月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月

タグ

検索

外部リンク

その他のジャンル

ブログパーツ

ファン

記事ランキング

ブログジャンル

画像一覧