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牛たちの命を守る「希望の牧場」プロジェクト記者会見 Vol.2 ~高邑議員編~

10月9日(日)東京麹町で「希望の牧場」プロジェクト経過報告記者会見(自由報道協会主催)が行われた。
Vol.1の吉沢さんに続き、今回は高邑勉議員のお話をお伝えいたします。

□記者会見の概要
会見者
「希望の牧場」アドバイザー 高邑勉 衆議院議員
「希望の牧場」代表 エム牧場浪江農場農場長 吉沢正己氏
希望の牧場オフィシャルブログ

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「希望の牧場」プロジェクトとは
※この部分は、Vol.1 吉沢さん編と同文です。既にお読みいただいた方は読み飛ばしてください。
4月22日、政府は福島第一原発の20km圏内を警戒区域に指定。
これにより区域内の住民は避難を余儀なくされ、人々の立ち入りが禁止された。
しかし、人のいない「死のまち」と化した警戒区域に、多くの動物達が取り残されていた。エサも水もない過酷な状況の中で餓死しミイラ化してしまった家畜も多くいる。
一方、生き残った家畜たちに対し政府は、5月12日に殺処分の決定を下した。
被曝し商品価値がゼロになった家畜は殺せ
そんな風にとれるこの決定に、警戒区域内にあるエム牧場浪江農場に通い300頭以上の牛たちにエサを与え命をつなぎ続けいていた、農場長の吉沢さんは納得がいかず「キレた」。

「牛たちを餓死させたくない、ただただ殺したくなかった」との思いで、
必死に生きている命の意味、命を守る道を探し始める。

そして、警戒区域内の家畜たちを放射能被曝の研究、調査の対象にすれば、今後の日本の復興のために、人々のために役立つ命として活かす道があるのではないか、という答えにたどり着いた。

無意味な餓死や殺処分ではなく、家畜たちの命を守りそして社会のために活かす。
それが「希望の牧場」プロジェクトです。


●1000頭以上の牛たちは今も生きている

4月22日に福島原発から20km圏内が警戒区域に指定され、人の立ち入りが禁止された。
福島県の発表では、区域内に牛約3500頭、豚約30000頭、鶏約68万羽、他にも馬100頭、羊、ヤギ、ダチョウなどの家畜、そして犬や猫もたくさんいた。

原発がどうなるかわからない状況の中、多くの農家たちは家畜を置いたまま避難した。
つながれたままの家畜たちは、餓死をしてしまったが、4月22日以前に野に放たれた家畜たちもたくさんいる。
農家の方たちは、家には戻れない、しかし家畜たちをつないだまま放置すれば餓死してしまう・・・そんな状況の中で苦渋の決断を強いられた。

警戒区域に30回入っている高邑議員は、
「私の感覚では、3500頭の牛のうち今も1000頭以上は生きています。」
と、今からでも守れる多くの命の存在を語る。


●農家さんたちの悲痛な訴え

民主党災害対策本部の福島県対策室に所属している高邑議員は、被災地である南相馬市に入り、現地で被災した農家の方々の訴えを聞いていた。
そんな中で、エム牧場さんの悲痛な思いを聞いた。
行政から立ち入りの許可がおりない中でも、警戒区域に立ち入って牛たちを守っていた。
5月12日に政府が安楽殺の処分を決めたが、
「応じられない、そんな簡単なものではない。家族同然に育ててきた牛たちを紙切れ一枚の指示で殺すことはできない。
埋葬することも許されず、牛たちの命を無意味に一方的に奪うことは牛飼いの誇りにかけてできない。」
他の農家の方たちからも「おらのベコが死んじまう、どうにかしてくれ」という悲鳴にも似た多くの訴えが寄せられていた。


●野馬追いの馬28頭、豚26頭を救う

警戒区域の指定がされて4月22日、相馬の野馬追の馬28頭が区域内に取り残されていた。
人の立ち入りが禁止され、区域内から区域外への動物の移動も禁止されてはいたが、
相馬地方にとって特別な存在であるこの馬たちを、なんとか救うことはできないのかという要望を受け官邸に掛け合い、市が管理するというルールのもと救出することができた。
続いて、3000頭くらいを飼っていた養豚業者からの
「これまで40年間、改良を重ねてきた豚たちは、自分の人生そのもの。
これを全て殺処分というのは、自分の人生を全て否定されるようなもの。
なんとか種の保存だけでもできないか」
という訴えを受け、農水省、政府に掛け合い、26頭だけを東京大学の牧場に移し救うことができた。


●動きの鈍い政府、動き始めた研究者

5月25日の研究者の連盟で総理官邸に”被災動物の保護、被災動物の研究する国立のセンター”の提言を出した。
この提言は政府からは「貴重な提言である」という前向きな答弁を引き出した。
しかし、現場が動かなかった。
一時帰宅、避難区域の見直し、原発の工程表で手一杯、所管の農水省も稲ワラでのセシウム汚染牛の問題があり、全頭殺処分という頑なな態度であった。
しかし、半年がたったここにきて、学者が現地に入り動き始めた。
現在は、学者と市町村が連携し牛の保護が進み、市町村の管理のもと牛の被曝の実態調査、牛からセシウムを除去する研究がはじまった。

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●被災者が主役でなくてはならない

人間の手によって起こされた災害で、何の罪もない動物たちの命が一方的に奪われることはあってはならないと思う。
そして、その動物たちを飼っていた農家の方たちは、被災者である。

被災地では被災者の方たちが主役でなくてはならない。
被災者の方々の苦しみをどやって少なくしていくのか、
それを考えたら、被災者である農家が望まない殺処分、安楽殺をこれ以上すすめるべきでない
と考えている。
そして、考えだしたのが「希望の牧場」プロジェクトである。


●牛たちを研究という目的で生かしきる

餓死、殺処分ではなく、今も被曝しながら生きている牛たちを研究という目的で生かしきるという道があってもいいのではないか。

エム牧場には、今も300頭以上の牛が生きて放牧されている。
この牛たちをこのままの状態でいかし、研究者に入ってもらい研究を進めてもらう。

現に今とある市町村二箇所でこういった研究が進んでいる。
殺処分を望まいない農家の方たちに、この取り組みを知ってもらい参加して欲しい。

まだ国として、牛たちを保護し、被曝研究を進めるという方針を出していないが、
国がこの研究を進め、成果を世界に還元するべきと考えている。

すでに有益なデータがでつつあるので、成果を発表することで、必要な研究であるということを認めてもらえるように動いていきたい。


●牛たちが生き続けることが希望になる

すべての家畜が研究対象になるわけではない。
しかし、生きていくことに意味があると思っている。
家畜は経済価値がなくなったら、無用なんですか?
それは人間の勝手な都合である。
人間の手で起こした災害で、これ以上いのちを奪ってはならない。


殺処分という選択をするのも政治
しかし、いのちを活かすのも政治

被曝をした牛たちが、除染もままならない放射線に汚染された地域で生きていくのは
かわいそうであるが、そこで生き続けていくことが畜産をしている農家の方々、これから故郷に帰ろうと努力をされる方々にとって、希望の灯火になるのではないかと農家の方々とお話をしていて気づいた。



質疑応答の中から

●300軒の農家のうち140軒以上が同意していない

5月12日の政府の殺処分の指示に対し、300軒の農家のうち140軒以上が同意していない。実際に殺処分が行われたのは現時点で30軒二百数十頭であることを考えると、2000頭以上が生存している可能性もある。

現在は、牛や豚たちが自由に町の中を動き回っているため、
一時避難の人の車に牛があたったり、牛が民家を荒らしたりなどの被害がでている。
こうした現実は、農家の悩みにもなっている。

警戒区域は人が自由に入れないので、自治体を動かし家畜を早急に保護し囲い込む必要があると考えている。
すでにこうした取り組みは、南相馬市でははじまっている。


●被曝した牛たちの研究内容と成果

・牛の体内からのセシウムの除去実験
プルシャンブルー、ベントナイト、リンゴペクチン、水素還元水など科学的に効果が認められている薬、そうでないもの含め様々な方法で、体内のセシウムを除去する研究を始めている。

・放射能が生体に与える影響調査
チェルノブイリ事故後、放射能が大型哺乳類の遺伝子に与える影響の研究は行われなかったので、過去に例のない調査である。
現在、肉に含まれる放射性物質は、首の部位で検査されている。
しかし、どの部位にどのくらい、どういった影響がでるのかは研究されていない。
臓器はどうなのか、骨はどうなのか、そういったことはこれまで研究すらされてこなかった。
殺処分されてしまった牛たちの臓器や血液、骨を分析しはじめている。
遺伝子への影響評価は、時間と共に観察していく必要がある。
放射線量の高い地域で被曝しながら生きること、そういった環境そのものが研究対象となる。

・動物の行動学
放牧中の牛たちがどのような行動をとるか
これまで動物たちが自然の中で、どのような行動をとるかの研究はあまりされていなかった。


●みんなで協力、団結!「希望の牧場サポーター基金」のご紹介

10月から3月の半年間、300頭の牛たちの命を守るためには約900万円が必要となるそうです。
1日あたりの飼料代が約4.3万円。
10月1日現在で、約106万円が集まったそうですが、牛たちが冬を越すためにはまだまだ不足している状況です。
みんなで力を合わせて、牛たちをサポートしましょう!

以下、希望の牧場ブログより転載
警戒区域内に取り残された動物たちの命を救うため、当プロジェクトでは「希望の牧場モデルプロジェクト」となるエム牧場を中心に活動を行なってまいります。
みなさまのご支援・ご協力をお願いします。

「希望の牧場」サポーター基金について詳しくはこちら


●関連記事
牛たちの命を守る「希望の牧場」プロジェクト記者会見 Vol.1 ~吉沢さん編~
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by nekotoru | 2011-10-17 19:59 | 福島 動物

牛たちの命を守る「希望の牧場」プロジェクト記者会見 Vol.1 ~吉沢さん編~

10月9日(日)東京麹町で「希望の牧場」プロジェクト経過報告記者会見(自由報道協会主催)が行われました。
伝えたいことがいっぱいのため、Vol.1では「希望の牧場」代表の吉沢さんのお話をお伝えいたします。

□記者会見の概要
会見者
「希望の牧場」アドバイザー 高邑勉 衆議院議員
「希望の牧場」代表 エム牧場浪江農場農場長 吉沢正己氏
希望の牧場オフィシャルブログ

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「希望の牧場」プロジェクトとは

4月22日、政府は福島第一原発の20km圏内を警戒区域に指定。
これにより区域内の住民は避難を余儀なくされ、人々の立ち入りが禁止された。
しかし、人のいない「死のまち」と化した警戒区域に、多くの動物達が取り残されていた。エサも水もない過酷な状況の中で餓死しミイラ化してしまった家畜も多くいる。
一方、生き残った家畜たちに対し政府は、5月12日に殺処分の決定を下した。
被曝し商品価値がゼロになった家畜は殺せ
そんな風にとれるこの決定に、警戒区域内にあるエム牧場浪江農場に通い300頭以上の牛たちにエサを与え命をつなぎ続けいていた、農場長の吉沢さんは納得がいかず「キレた」。

「牛たちを餓死させたくない、ただただ殺したくなかった」との思いで、
必死に生きている命の意味、命を守る道を探し始める。

そして、警戒区域内の家畜たちを放射能被曝の研究、調査の対象にすれば、今後の日本の復興のために、人々のために役立つ命として活かす道があるのではないか、という答えにたどり着いた。

無意味な餓死や殺処分ではなく、家畜たちの命を守りそして社会のために活かす。
それが「希望の牧場」プロジェクトです。


□希望の牧場の放射線量

事故から半年以上が経った今でも、警戒区域である希望の牧場(浪江農場)では常時高い数値の放射線量が計測されています。
建物内で3μSv/h前後、牧草地では4~8μSv/h、風向きによっては10μSv/hが記録されることがある。
比較用参考数値:東京では0.1μSv/h以下、放射線管理区域が0.6μSv/h以上
年間の被曝量20mSvを時間あたりに直すと3.8μSv
このような高線量の中で、今も牛たちは生きており、吉沢さんや牧場のスタッフは活動を続けています。

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●「ずっと続けてきてよかった」

吉沢さんは、3月以降ずっと牛たちにエサのもやしを運んでいる。
3月はまだ牧草が生えておらず、もやしがあったからこそ牛たちは生き延びられた。
現在は、牧草も食べているので週に一回だが、
トラックが牧場に入る音が聞こえると牛たちがワッと寄ってきて、ゾロゾロとトラックの後をついてくる。
そして、エサをあげていると牛は次から次に寄ってくる、1kmも離れたところからも列をつくって寄ってくる。
そんな牛たちの姿を見て、「(希望の牧場プロジェクトを)ずっと続けてきてよかったと思う。」

と語った時、吉沢さんの表情が少しだけ緩んだのがとても印象的でした。
吉沢さんは、やさしい気持ちで命と向き合っている方なんだな、
命を大切に思う心が「希望の牧場」プロジェクトを推進する原動力なんだなと、感じました。


●天国と地獄

「周辺の牧場や牛舎と比べると天国と地獄の差がある。」

会見の冒頭に流されたVTRに映しだされた、
牛舎や豚舎の中で餓死しミイラ化、白骨化した牛や豚たち。
一方、希望の牧場では子牛もたくさん生まれ、牛たちは青々としげった牧草を食みながら自由に元気に暮らしている。

浪江町の中に、まさに天国と地獄のような状況が生まれてしまった。

吉沢さんは、牛たちを置いてかざるをえなかった人達の気持ちについて
「誰だって大事に飼っていた牛を見捨てて逃げるわけがない
しかし、そうせざるを得なかった・・・それが原発事故のものすごい恐怖だろうと思う。」
と話した。

原発事故がもたらす悲惨、凄惨な現実を見せつけられ、
原発は、エネルギー問題であると同時に、命の問題でもあるのだと改めて感じました。


●商品価値がゼロになったら、生きる意味がないのか

浪江町では警戒区域に指定され、人の立ち入りが禁止された4月22日以降、動物たちが飢えに苦しみ餓死するものもいた。
吉沢さん自身も、築三年の家からの避難を余儀なくされている。
そして、5月12日に政府から生き延びている家畜たちへ「殺処分」の通達が来た。
この時の心情を吉沢さんは、「もうキレたと」と表現されました。

たしかに被曝してしまった家畜たちは、商品価値がゼロになってしまった。
しかし、商品価値がなくなった瞬間に生きている意味のない存在にになってしまうのか。
吉沢さんたちは、家畜の殺処分には反対の立場から、牛たちが生きていく新しい意味を探し始める。
もちろん経済活動ではない、ペットでもない・・・
何かの意味が無いと、これから長く続くこの活動を自分たちはやっていけいない・・・
そして、ついに見つけた答えが
「牛たちを被曝研究に活かし役立てる、本当にこれだと思った。
これなら牛たちの生きる意味がある。」


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●絶望のまちに希望の火を灯したい

「死のまち、という表現があったが、その通りです。
私は絶望のまちと思っている。」


「港の方は、長い時間をかけて築きあげてきたものが木端微塵
絶望的な被害状況である。」

「浪江町の人達の多くは県外に避難している。
浪江町がなくなってしまうかもしれない
もう二度と浪江町で米はつくれないだろう
みんなそれはわかっていると思う。

そういう浪江町に帰る意味があるのかと思う。
帰れもしないし、帰る意味もない。
まさに絶望的な状況
しかし、その中で私たちは6ヶ月7ヶ月と頑張ってきた
絶望的な状況の中で、自らの手で希望の灯りをともすために
残りの人生の課題として取り組んでいきたい。
決死救命、団結
みんなの力で死ぬ気で頑張る
そういう中に、希望の火がともると思う。」



●みんなで協力、団結!「希望の牧場サポーター基金」のご紹介

10月から3月の半年間、300頭の牛たちの命を守るためには約900万円が必要となるそうです。
1日あたりの飼料代が約4.3万円。
10月1日現在で、約106万円が集まったそうですが、牛たちが冬を越すためにはまだまだ不足している状況です。
みんなで力を合わせて、牛たちをサポートしましょう!

以下、希望の牧場ブログより転載
警戒区域内に取り残された動物たちの命を救うため、当プロジェクトでは「希望の牧場モデルプロジェクト」となるエム牧場を中心に活動を行なってまいります。
みなさまのご支援・ご協力をお願いします。

「希望の牧場」サポーター基金について詳しくはこちら


●関連記事
牛たちの命を守る「希望の牧場」プロジェクト記者会見 Vol.2 ~高邑議員編~
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by nekotoru | 2011-10-16 10:13 | 福島 動物

「負げねど飯舘」記者会見 復興ってなんなんでしょう

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8月26日(金)に行われた自由報道協会主催「負げねど飯舘」記者会見
東京でのうのうと暮らす僕に、
原発事故の被害を受けている当事者、飯舘村の方たちの言葉が突き刺さりました。
今回は、記者会見の四分の三を占めた質疑応答に関連して、
主に愛澤さんがお話された内容をお届けします。

記者会見の概要
会見者
「負げねど飯舘」村民を守り、美しい飯舘村を取り戻すことを目指す村民有志の会
愛澤卓見氏 佐藤健太氏 鈴木保男氏
→「負げねど飯舘」ホームページ
司会 おしどりマコさん 司会アシスタント おしどりケンさん

復興ってなんなんでしょうね

会見最後の愛澤さんの復興についてのお話
それまで比較的穏やかに話をされていた愛澤さんの口調、表情に熱い感情がこもりました。

愛澤さんのお話
====================================
復興ってなんなんでしょうね
空間線量が高くても、頑張って戻ってそこで生活することが復興なのか?
被害者である福島の人に特攻隊のようになって、
頑張ってこいと言われているような気がする。

頑張れる人には、頑張れるような状況をつくってください。
頑張れない人、疲れた人には手を差し伸べて欲しい。

復興という言葉に踊らされたくないなと思っています。

最高の復興もあれば、最低の復興もある。

もしかしたら飯館は帰れないとうこともあるかもしれません。
みんな出ていかなければならないということになるかもしれません。
その時に、飯舘にいた子供たちが、行った先で出た先で、
自分は飯舘村出身だ、いいところに住んでいたと・・・
故郷を誇りに感じ、新しい場所で頑張ってくれれば、
それが復興の最低ラインではないか・・・

だから、飯舘にいた子供たちが頑張れるような状況を作って欲しい。
生きている間は胸を張って、やりたいことを頑張れる
そのために支援をして欲しい。

政府も行政も・・・復興という言葉を使うのであれば、
被曝の評価や補償の問題を解決しください。
====================================

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愛澤さんは、飯舘村にすぐには帰れないかもしれない、
飯舘村が元通りには戻らないかもしれない、
それを既に覚悟し始めているのかもしれない。

その上で、たとえ村が元通りにならなくても、
村の仲間たち、子供たちが頑張って生きていけるように、
安心して生けていけるようにして欲しい・・・
復興復興というのなら、せめて飯舘の子供たちが飯舘の人達が、
病気になってしまった時のことを心配せず、がんばっていけるように。。。
過去の内部被曝の評価も含め、ちゃんと補償が得られるようにして欲しい。

これが今、愛澤さんが一番伝えたかったメッセージだと思います。


東京でのうのうと暮らしてきた僕にできることは、
このことを少しでも多くの方に伝えること
この問題をずっと忘れずにいること
今のところ、その程度しかできることはないかもしれません・・・
でも、できることには絶対に必ず全力で取り組むことを誓います。
愛澤さん、佐藤さん、鈴木さん、そしておしどりマコさん・ケンさん
がんばりましょう!


この他、会見の質疑応答で僕が気になったことを
以下に掲載いたします。


Q:福島県の野菜を食べて応援になるのか?

====================================
A:愛澤さん(現在は福島市内に避難している)
私や私の周囲の人間は、今は福島産の野菜は食べていない。
自分たちは、もう充分に被曝してしまったので、
できるだけこれ以上の被曝を避けたいと思っているから。

応援して買って食べてくれている人には、本当に感謝している。

福島県の野菜を食べて復興という話がテレビ等でよくでるが、
駅やイベントで、ちゃんと検査された安全な野菜が販売され、
それをみなさんに買ってもらっていると思っていた。。。

しかし、関東圏のスーパーで福島県の野菜が
ものすごく安い値段で売られているという話を聞いた。
安い値段で売られているということは、農家が相当に買い叩かれているということ。

そういったこともあり、福島の野菜を食べることで
福島の農家が助かっているかというと疑問はある。

福島県には安全でおいしい野菜もあります。
そういったものを、福島県の農家から直接、適正な値段で買い付けて欲しい。
それは農家もすごく助かる。

食べることが復興の手助けになる、逆に食べないのは何事だ!
というような話があるとすれば、自分はそれは少し違うのではないかと思う。

安くなった野菜を買って、それで復興だと言われると
ちょっと違うような気がする。

食べることが復興支援だ、など話を単純化しないで欲しい。

支援にも色々な形がある
例えば、福島の子供たちのために安全な食べ物を提供してもらうとか、
そういった支援のほうが私はうれしい。
====================================

食べて応援、については個人的に以前から疑問を感じていました。
福島の農家から直接、野菜や果物をものすごく安く買って、
産地を偽装して流通に乗せいている悪い人もいる・・・そんな情報も耳にしました。
そういったものに関しては、もちろん放射能汚染の検査もされていないだろうと思います。
上記の真偽は確かめようがありませんが、
少なくとも僕自身は安心して野菜を買って、食べることができないと感じていました。

正直、食品や水の暫定基準値も、食品の放射性物質のモニタリングも、
なんかちょっと適当な気がするし・・・
わかりやすく国民に伝えようという意思も感じられない。
お店に行ったって、何がどれくらいの放射線量なのか、どこにも書いてない・・・
そんなんで、いったいどうやって食べものを選べっていうのでしょうかね(T_T)

色々うやむやにして、みんな面倒くさくなって
「まぁいいや、国が言ってるんだから大丈夫なんだよ、
国とか企業にまかせておけば、きっと大丈夫だよ」
「難しいことは、東大出た政治家や官僚の人達が
ちゃっとやってくれてるよ」
そんな風にみんなが思考停止するのを、国は待っているのでしょうかね・・・

多くの国民が面倒くさくなったり諦めたりせずに、
不安な食べ物は買わない、食べない。
自分が感じている不安を、実際に食べ物の提供側に伝える。

安心、安全を提供しないとものが売れない社会であることを伝える。

ものが売れなければ企業は、必ずものが売れるような動きを取りますよね・・・

結局、ひとりひとりが思考停止せず、自分の問題として行動をするしかないだなと思います。
がんばろう!オウッ♪

最後は、自分の意見を長々と書いてしまいましたが、
今回このような素晴らしい記者会見に参加する機会を与えてくれた
おしどりのマコさん・ケンさん
そして、飯舘村の愛澤さん、佐藤さん、鈴木さん
自由報道協会のみなさま
本当にありがとうございました。

自由報道協会HP
おしどりマコ・ケンの脱ってみる!←飯舘の話もいっぱいでてくるマガジン9の連載記事

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by nekotoru | 2011-08-31 01:30 | 福島 飯舘村

「負げねど飯舘」記者会見

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東京で暮らしていると、東電福島第一原発の事故は遠い世界の出来事のように感じられることがあります。

しかし、今なお震災や原発事故の影響により、避難生活を余儀なくされている方は8万人以上(※)。
※東日本大震災復興対策本部発表 8月11日現在の全国の避難者数 82,643人

福島第一原発に近い地域では、日々放射能汚染を強く意識し
家族を子供をどうやって守るべきか、安全な土地をどうやって取り戻すべきかと、多くの方たちが戦い続けています。

そういった方たちと自分との「温度差」を実感し、これからいかに行動するべきか考えるきっかけとするため、普段は主に猫の写真を撮っている、ゆるゆるカメラマンの私も、2011年8月26日(金)に行われた「負げねど飯舘」記者会見に参加してきました。

記者会見の概要
会見者
「負げねど飯舘」村民を守り、美しい飯舘村を取り戻すことを目指す村民有志の会
愛澤卓見氏 佐藤健太氏 鈴木保男氏
→「負げねど飯舘」ホームページ
司会 おしどりマコさん 司会アシスタント おしどりケンさん

原発事故後の東電会見、事故対策統合本部会見で大活躍のよしもと所属の夫婦漫才芸人のおしどりマコさん・ケンさん
自由報道協会にも所属するお二人が、飯舘村の仲良しご友人を招き実現したのが今回の記者会見。
同時に、これまで報道に携わったことのない人も、みんなメディアになろうという呼びかけも行い、当日は記者会見デビューの人も多数含む100名弱の参加者が集まりました。
ちなみに、参加者の顔ぶれは「小学校一年生のチビッコから、NHKの解説員まで」(マコさん談)という多彩っぷり!
ニコニコ生放送、IWJといったネットメディアによる中継も行われました。

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「負げねど飯舘」記者の冒頭 愛澤卓見氏は、発災以後の飯舘村のこと、文部科学省に提出した要望書についてお話をされました。
その中から、いくつか印象に残った点を書きたいと思います。

誰も私たちの内部被曝線量を評価してくれない

3月15日から20日頃の自分たちの放射線の内部被曝線量を評価、推定して欲しい。
将来、村民に病気等の健康被害が出た時に、被曝線量がわからないことで、健康被害と被曝との因果関係の証明ができず、証明できないから賠償の裁判で村民側に不利な判決がだされてしまうのではないか。
過去、東海村JCO事故後の裁判では、住民側の健康被害に対する賠償は認められていない・・・飯舘村でも同じようなことが起こってしまうのではないかと危惧している。

飯舘村は3月15日から20日の間に、高濃度の放射性物質を含む霧に包まれた。
当時、福島原発で爆発があっても「安全です。ただちに健康に影響はありません。」という言葉に象徴されるように、村民に放射能汚染のことが知らされていなかったため、村民はいつも通りの生活を送り、大量の被曝をしてしまった。

被曝から既に半年近くが立ってしまった現在、半減期の短いヨウ素は検出ができないため、正確に被曝線量を推定することができないのではないかと考えている。


子供たちは自分たちが放射能に被曝したことを自覚している。

甲状腺ガンなど、誰かに放射線の影響と考えられる健康被害がでてしまった時に、ほかの子供たちが「自分も被曝しているから、自分も病気になってしまうのではないか」と心配しなければいけない状況になってしまうのを、どうにかできないかと・・・
少しでも精神的な負担を軽くすることはできないかと活動をしている。


怒りや悲しみはなく、とにかく助けて欲しい、とにかくきちんとして欲しい

どこがきちんと対応してくれるのか、どこにお願いしていけばいいのか、それが知りたい。

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佐藤健太さんの取り組み

将来もしも健康被害が発生してしまった時のために、健康手帳をつくり、自分の行動を記録しておくという取り組みを行っている。
いつどこで何をしていたかにより、被曝の有無や線量を推測することが、もしもの時に役立つ重要な情報となる。

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この後、質疑応答が長時間ありました。
質疑応答編は、また別途アップ予定です。


□IWJの記者会見中継のアーカイブ



Video streaming by Ustream
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by nekotoru | 2011-08-28 23:18 | 福島 飯舘村

「負げねど飯舘」記者会見参加記【予告編】 会場を和ます笑顔♪

▽司会アシスタントのおしどりケンさんの笑顔
題:この日が記者会見デビューの人たちを和ます笑顔♪
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「みんなひとりひとりがメディアになろうよ」
「飯舘村の仲良しさんの記者会見やるよ」
「みんな来てね~」
という、よしもと芸人”おしどり”さんの呼びかけに心動かされ♪
ちびっこいメディアになろうと
2011年8月26日(金)記者会見デビューをしました!!!

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「負げねど飯舘」記者会見
自由報道協会主催


ドキドキしながら、少し早めに会場入りしたら
最前列が開いていたので、
「ここ座っていいのかな~(モジモジ)」とか思いつつも
司会者の真ん前の席に陣取ってみました♪

後から、近くにNHKの石川解説員やフリージャーナリストの烏賀陽さんといった、
お名前を存じ上げる方たちがいらして、さらにドキドキ♪

でも、おしどりケンさんの、
「しゃべりを仕事にしている人とは思えないトーク(おしどりマコさん談)」な
噛み過ぎアナウンス《会場を和ますためにわざとやったに違いない(推定)》に、心なごまされ
とりあえず司会者の目の前という地の利をいかし
おしどりのお二人の素敵な笑顔をパシャリ(^-^)

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右:司会 おしどりマコさん
左:司会アシスタント おしどりケンさん

記者会見でお聞きした内容については、次回につづく♪♪♪
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by nekotoru | 2011-08-27 16:59 | 福島 飯舘村


普段は猫写真家ですが、たまに小さなメディアになって伝えます。おしどりマコさんケンさんの「自分がメディアになろうぜ」一期生?(仮&非公認)自分で見たこと聞いたこと、感じたままにお伝えします。


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