カテゴリ:福島 動物( 6 )

飯舘村で会った老犬「やっと会えたのに、もう帰っちゃうんだね。。。」

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東日本大震災から一年の2012年3月10日、福島県の飯舘村で一匹の老犬が亡くなった。

東京電力福島第一原発の爆発事故により放出された放射性物質による汚染のため、昨年4月22日に村内全域が”計画的避難区域”に指定され、5月下旬までに村民の方々は村外への避難を余儀なくされた。

住民の方々の避難先の仮設住宅などの多くは、ペットとの同居ができない環境であったため、多くの飼い主は犬や猫を放射線量の高い飯舘村に残して避難せざるをえなかった。

ただし飯館村は、原発20km圏内の警戒区域とは異なり立入が制限されていないため、飼い主さん達は避難先から犬や猫の世話をしに村に戻ってきたり、村内を毎日パトロールする見守り隊の方に世話を依頼するなどして、犬や猫たちの命をつないできた。

3月10日に亡くなった老犬も、十何年も飼い主さんと一緒に過ごした生活を原発事故により一変させられてしまった。

彼は、生涯最後の10ヶ月程をいったいどのような思いで過ごしていたのか。。。

僕が彼にはじめて会ったのは、彼が亡くなる一週間前。。。
飯舘村で犬猫の給餌活動をするボランティアチームに同行させてもらった時である。

帰り際に後をついてくる姿、少し寂しそうな眼差し、
「やっと会えたのに、もう帰っちゃうんだね。。。」
「でもしょうがないよね」
そんな彼の心の声が聞こえたような気がした。

村を離れざるを得なくなった人々はもちろんだが、
人間に限りない癒しを与えてくれる、たくさんの愛おしい命たちもまた、
原発事故から一年が過ぎた今も厳しい状況に置かれ続けている。

飯館村には、3月いっぱいは冷たい雪が降ると聞いた。
せめて少しでも早く、村で生き続ける命たちが春の暖かさに包まれるように願わずにはいられない。

マル、お疲れさま。

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雪深い3月の飯館村の風景
街灯がなく日が落ちると辺りは真っ暗になる。
人々の生活が営まれていた頃は、家の窓から灯りが漏れていたのだろう。
寒くて真っ暗な冬の夜を想像すると、悲しい。。。
原発で電気をつくっていた福島には明かりが灯らない場所がある。。。

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「やっと会えたのに、もう帰っちゃうんだね。。。」
そっちの世界で元気に過ごしてね。
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by nekotoru | 2012-03-13 19:27 | 福島 動物

「福島を風化させず、日本の未来を考えよう」希望の牧場・吉沢牧場長、渋谷ハチ公前街頭活動12・11

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東日本大震災から9ヶ月目の12月11日(日)東京 渋谷駅のハチ公前広場で、福島原発20km圏内浪江町の『希望の牧場』吉沢正己牧場長が、牧場のこと警戒区域内の農家や動物たちのこと、そして日本の未来への思いを、渋谷駅前スクランブル交差点を行き交う途切れることのない人波に向って訴え続けた。

時間の経過とともに人々の意識や記憶は風化していくものではあるが、いくらなんでも早すぎるのではないかと思えるスピードで、福島が収束したことにされていく。。。
被災地では、今も現在進行形で地震や津波による破壊からの復興、そして放射能汚染による被害との戦いが続いているのに。。。

吉沢さんの声に耳を傾け、目を向ける人が少数派であり、圧倒的多数の人が何も聞かなかった、何も見なかったように通り過ぎる。。。
あの日から9ヶ月目の渋谷駅前で、僕は少し悲しくなった。

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吉沢さんの牧場は、東京電力福島第一原発から14キロ地点に位置する。
現在でも放射能汚染が酷く、立ち入りが禁止されている20km圏内・警戒区域の中にある。
原発の爆発により、牧場の敷地内の自宅に住めなくなり、大切に育ててきた牛たちも市場での価値を失ってしまった。
吉沢さん自身も仮設住宅への移住を余儀なくされ、そこから牛たちの世話のため牧場に通っている。
大きな被害を受けながらも、「警戒区域内の牛たちは殺処分」という国の方針に異を唱え、牛たちの命を守るために今も戦い続けている。

牛たちの世話をするにはお金が必要になる。
牧場の敷地の空間線量はいまだ高いままである。
牧場の除染は可能なのか。

吉沢さんの前にはクリアしなければならない問題が山積みである。


しかし、吉沢さんは力強く戦い続けている!
「命を大切にする優しい日本をつくろうよ!
将来の世代のために、原発がなくてもやっていける日本をつくろうよ!
そのためにみんなでがんばろうよ!」


無関心が多数派に見える東京の人々にさえ、優しいメッセージを送り続けてくれる吉沢さんに心より感謝をしたい。
そして、ひとりでも多くの人に「フクシマは何も終わっていない」ことを伝えなければいけないと、改めて感じた。
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●命をそまつにする国の方針はおかしい

警戒区域内で今も生き続けている牛は、1000頭以上にのぼると見られている。
吉沢さんの希望の牧場でも、300頭の牛たちが今も元気に生き続けている。

「生き残った牛たちは、福島原発事故による被曝の実態を科学的に調査をする貴重なサンプルになる。」

吉沢さん達が実現を目指す希望の牧場プロジェクトとは
”被曝してしまった牛たちの命を無意味に奪うのではなく、動物の被曝研究、除染研究の目的で生かす”
餓死でも殺処分でもない、家畜たちが生きる第三の道をつくり命を守るというもの。


吉沢さん達の継続的な活動により、全国から多くの支援が集まり希望の牧場の牛300頭については、冬を越すためのエサ代を賄える目処がたった。
そして、吉沢さんは、牛たちの命を守りたいと願っている仲間の畜産農家や酪農家への援助の必要性も強く感じている。

しかし、多くの畜産農家や酪農家の「牛たちに命を全うして欲しい。」という願いに反し、警戒区域内で生き続けている家畜に対する国の方針は、殺処分である。

「国や農水省が生き残った1000頭の牛たちを、みんな死んでしまえ、邪魔者は片付けろと言っているが、認められない。
多くの農家が牛を置いて逃げざるを得なかった、餓死をさせてしまったと、避難所で夜も眠れないほど苦しんでいる。
しかし、いま餓死をまぬがれた牛に対する殺処分が始まっている。
命をそまつに見捨てる、そんな国の方針はおかしいと思う。
生き残った牛は全て殺処分しろ、そんな酷い仕打ちを絶対に認めないために、みなさんの応援をお願いいたします。」


吉沢さんは、国の方針を認めずこれからも戦い続けていく、そして国の方針を変えるためには、多くの人達の声が必要であると語る。


●日本の未来をみんなで考えましょう!

日本の国会では原発輸出を可能にするための原子力協定の承認がなされ、いわゆる原子力ムラ、原子力マフィアが息を吹き返そうとしている。
一方、被災地では多くの人がいまだに行方不明のまま、地震や津波の被害の爪痕が街中に残されている。
そして、原発からの放射能漏れにより、原発から20km圏内は立入禁止とされ、住人は自分の家に戻ることもできない。
20km圏の外でも、放射能被曝の影響から逃れるため、多くの人達が避難生活を強いられている。
テレビや新聞の報道を見ていると、3.11の大災害とそれに続く東京電力福島第一原発の爆発・放射能漏れ事故は収束しているかのように錯覚することがある。
しかし、フクシマは何も収束していない。

「いまみんなが福島を忘れようとしている、風化がはじまっている。」

福島のことをみんなが忘れてしまえば、おそらく全国の原発は次々に再稼働されていくだろう。。。
それは、全国どこでもがフクシマになってしまう危険性を持つことを意味する。

「日本全国の老朽化の進んだ原発が心配です。
福島と同じような事故がどこで起こってもおかしくありません。
子供たちや孫たちの未来に、どうしたら安心して暮らせる社会が作れる、立ち止まっていまみんなで考えようじゃありませんか。
福島県はかわいそうだという、そんな気持ちはいりません。
それよりもみんなで考えましょう。
原発がなくてもやっていける、日本の未来の姿をみんなで考えましょう。


吉沢さんは第二のフクシマをつくらないためにも、福島のことを忘れず、みんなが自分の問題として日本の未来を考えることが必要と訴えた。

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●12月11日 吉沢さんアピール

福島県浪江町で今なお300頭の牛を飼っている牧場です。

警戒区域に残された牛たちが水もなく、エサもなく次々と餓死をして倒れていった、そういう無残な姿を見てください。
福島原発の事故で大変な被害を受け、飼っていた何百頭あるいは千頭もの家畜たちの命が奪われました。
警戒区域20km圏内で暮らしていた私たちは、家に帰ることさえ許されません。
浪江町、双葉町、大熊町、富岡町は日本におけるチェルノブイリとなってしまいました。
家に帰ることも許されず、仕事を失い、未来への展望さえ失おうとしています。
東京電力福島原発の大事故のせいで、私達に希望はありません。

酪農家のみんなが、牛を置いて逃げざるをえなかった。
この無念の気持がこもった写真を見ていってください。
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今、農家のみんなが苦しんでいます。
多くの農家が牛を置いて逃げざるを得なかった、餓死をさせてしまったと、避難所で夜も眠れないほど苦しんでいる。
しかし、いま餓死をまぬがれた牛に対する殺処分が始まっています。
命をそまつに見捨てる、そんな国の方針はおかしいと思います。


みんなが食べる牛肉をつくり、みんなが飲んでいるおいしい牛乳をつくり、米をつくり野菜をつくり、果物をつくり。。。農業の盛んな福島県が今苦しんでいます。
原発からの放射性物質に汚染され、福島県の明日が見えません。
東京電力と国に対し、僕達は残りの人生をかけこの大損害の償いを求めていきたいと考えています。

僕の牛舎では、300頭を超える牛たちが今も元気よく生きております。
原発の放射能によって経済的な意味はゼロになりました。
しかし、この牛たちは放射能の被曝の影響調査の、体内からのセシウムの除染の効果を示す生きた証人であります。
放射能に汚染されたかもしれませんが、この牛たちが元気よく生きている限り、福島原発の事故はいつまでも語り継がれると思います。

しかしながら、この牛たちを殺処分せよという農水省の指示がいま出されております。
今だに原発から20キロ圏内の警戒区域には1000頭を超える牛達が元気よく生きているんです。
しかし、この牛たちは邪魔者として殺されようとしています。


たくさんの犬猫ペットは救出をされました。
なのに、牛や豚については殺処分
矛盾しております。
同じ命あるものをどうして助けることができないのか。

私たちは、餓死でもない殺処分でもない、第三の道としてこの牛たちの生きる意味をみなさんに訴えております。

日本獣医生命大学が、僕の牧場でセシウムの汚染状況を調べ、その牛たちからセシウムを抜くための被曝、除染の研究を行いました。
12月の下旬には、その研究成果が公表されます。

被曝はしたけれども、僕達は負けない。
この放射能と戦いながら、浪江町の復活のために頑張っていきたいと思っています。
チェルノブイリと同じように死んだ町にすることはできません。
希望の牧場プロジェクトに、どうぞみなさんの応援をお願いいたします。


福島が苦しんでいる時、僕は言いたい。
福島の電気のおかげで、ゆたかな便利な暮らしをしていたのに、
いまみんなが福島を忘れようとしている、風化がはじまっている。
おかしいと思います。
いまも福島は苦しんでいます、差別をされています。
放射能汚染で、いま福島県の明日が見えません。

日本全国の老朽化の進んだ原発が心配です。
福島と同じような事故がどこで起こってもおかしくありません。

来年春には全国の原発のほとんどが停止します。
原発がなくてもやっていける日本を、今こそみんなで考えましょう。
子供たちや孫たちの未来に、どうしたら安心して暮らせる社会が作れる、立ち止まっていまみんなで考えようじゃありませんか。

福島県はかわいそうだという、そんな気持ちはいりません。
それよりもみんなで考えましょう。

原発がなくてもやっていける、日本の未来の姿をみんなで考えましょう。


放射能から逃げ惑う人がたくさんいる、福島県では既に6万人の人が避難をしました。
子供たちやお母さんが、放射能の影響が心配で福島にいられないと、みんな逃げ出してしまいました。


東海大地震が起こったら浜岡原発は、福島原発の二の舞。
放射能が飛び散り、放射能汚染から東京のみんなが逃げまどう。。。そういう光景が起こり得ることを考えようじゃありませんか。

私達はいま、立ち止まって考え、福島原発が起こした今回の事態を忘れてはなりません

電力会社の金儲けのために、国民みんなが放射能に巻かれるような、そういう事態を再び起こしてはなりません。
私の牧場の牛たちは、福島で起こった事態をみんなに語り継いでいく、生きた証人です。
福島原発はまだ何も終わっておりません。
燃料は溶け落ち、再臨界が起こる可能性もあります。
安定冷却停止なんてウソです。

危ない原発に頼っていく日本に未来はありません。
福島原発の爆発の影響で、私の周りでどれだけ多くの牛たちが死んでいったか、見てください。

そして、みんなで一緒に考えていきましょう。
原発がなくてもやっていける日本を、今こそみんなで考えましょう。
日本の明日、子供たち孫たちのことをみんなで考えましょう。

希望の牧場ホームページ

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by nekotoru | 2011-12-24 12:58 | 福島 動物

福島で救出された猫たちのために、みんなで協力できること。

三毛猫アーちゃんと中島さん
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三毛猫の子猫カリーナちゃん
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「福島で救出してきた猫のシェルターをやっているんですよ。」
福島浪江町の希望の牧場・吉沢さんの街頭アピールの取材に行った時に、吉沢さんのお手伝いにきていた中島さんの言葉で、福島から救出してきた猫たちが暮らすシェルターが横浜市にあることを知った。

猫の写真を撮るカメラマンとしては、「ぜひ取材をさせて欲しい」とお願いをすると、快く受け入れて頂き、早速おじゃましてきました。

中島さんが猫の世話をしている保護猫シェルターの代表をつとめるのは、「横浜で犬や猫の保護、避妊去勢手術、里親探しなどをしている個人ボランティア」の大網直子さん。
3月11日の震災、それに続く福島第一原発事故後、福島での「犬猫救出プロジェクト」を計画していたジャーナリストの山路徹氏に、ツイッターで「お手伝いできることはありますか?」と話しかけたのをきっかけに、あれよあれよという間に『福島原発20キロ圏内犬猫救出プロジェクト』のチームリーダーとなり、これまでに何度も福島に足を運んでいる。

中島さんは、もともと山路徹氏が代表をつとめるAPF通信と一緒に動き仕事をしていた。その流れでいつの間にかこのプロジェクトの主要メンバーのひとりになっていた。
「今まで犬や猫を飼ったことないんですよ」という経歴ながらも、今や猫のシェルターで猫たちと寝食を共にしている。

取材に伺った日は、猫のシェルターでボランティアをしている大網さんの友人や、ご近所の主婦も訪れていたが、みなさん猫が大好きで終始和やかで暖かい空気に包まれ、とても居心地の良い空間でした。
そのためか、「2時間くらいで失礼しよう」と思っていたにも関わらず、約6時間夕方前までおじゃましてしまいました(^_^;)

三毛猫ミコちゃんとチビ猫カリーナちゃん
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●寄付、フード、里親、一時預かり みんなが協力できること♪

福島では今もたくさんの被災した犬や猫たちが、避難した飼い主と離れ離れになりながら、なんとか命をつないでいます。
震災や原発事故による被害が大きいため、被災した動物の数も膨大であり、継続的に被災動物の保護を行なっていく必要があります。
現時点では、動物の保護については行政が積極的な動きをしていないため、動物保護ボランティアの方たちの活動のゴールは見えていません。
動物保護ボランティアの方たちの善意の行動が大きな役割を果たしています。

しかし、被災ペットたちの救出、保護活動にはお金、物資、人手などが当然必要となります。
わたしたちが、寄付、フードの提供、里親、一時預かり、シェルターでの猫の世話など様々な形で動物保護ボランティアを支援することが、被災動物を救うことにつながります。
一匹でも多くの被災した犬や猫たちが、これから幸せに過ごせるよう、みなさまのご協力をお願いいたします。

大網さんのプロジェクトでも、みなさまからの支援を必要としています!
支援について詳しくは<福島原発20キロ圏内犬猫救出プロジェクト 寄付金募集について>を御覧ください。

つだくん「ご支援よろしくお願いしますにゃん♪」
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●ただいま21ニャンコ♪

人見知りや猫見知り、びびりや家庭内野良ちゃん、猫もいろいろ十猫十色
みんなと交流できた訳ではありませんが、福島で保護された猫もみんなのお家で暮らしているニャンコと、一緒のかわいい存在♪


◯里親さん募集、一時預かりさん募集中のかわいい猫たちフォトギャラリー♪

元の飼い主さんが飼えるようになるまで、元の飼い主さんが見つかるまで、あるいは飼い主さんが事情により飼えなくなったケースなど、猫によって里親さん、一時預かりさんの条件が様々です。
また、保護中の猫たちの情報は日々更新されていきます。
詳しくは<福島原発20キロ圏内犬猫救出プロジェクト>さんまでお問い合わせください。

猫好き、動物好きのみんな力で、一匹でも多くの犬や猫たちを救いましょう!
被災動物の問題は、原発事故が収束をしない現状を見ると、これから長く続く問題です。
テレビや新聞などの大手メディアで取り上げられる頻度は、時間が経つにしたがって少なくなっていくことが予想されます。
しかし、この問題を忘れること無く、みなさまの継続的な支援・応援をお願いいたします。

ムロハラくん 元気なヤングボーイ
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ミコちゃん 超一流猫モデル♪ かわいいポーズ連発♪
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母猫マドーナちゃんと子猫カリーナちゃん
マドーナちゃんは、福島で保護された翌日に横浜でカリーナちゃんを出産
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カリーナちゃん
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ブーちゃん ブーって顔しているけど、なんだかんだで人懐っこいブー♪
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奇跡の猫モッピー
保護された時の体重1.5kg 三人の獣医さんが「よく生きていたね」と口を揃えた限界ギリギリのガリガリ&ノミだらけのひどい状態・・・生きて保護されたのが奇跡だった。
現在の体重2.5kg・・・まだまだガリガリくん、体長や頭の大きさを見ると本来の体重は5kgくらいかな。がんばれモッピー♪
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三毛猫アーちゃん。特長やたらとスリスリ、人懐っこい♪かわいいよ~この子は(^^)
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ちょっとビビリのフタバちゃん♪ とっても綺麗な白毛ちゃん♪
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遊び盛りの子猫カリーナちゃん♪
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カリーナちゃん 今がかわいい盛り♪
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牧場のおばあちゃん 祝♪飼い主さんも元へ戻れることになりましたヽ(^。^)ノ
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茶トラ白猫なぎちゃん♪
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三毛猫アーちゃん♪
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つだくん 顔でかいYO♪
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by nekotoru | 2011-11-10 02:04 | 福島 動物

東京渋谷で訴える!原発20km圏”殺処分”の牛たちを守る「希望の牧場」吉沢牧場長

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10月24日(月)午後、東京渋谷駅のハチ公前広場で希望の牧場の吉沢正己牧場長が
福島の人たちの思いを訴えた。

「福島の人達は差別を受け苦しんでいる、放射能汚染に苦しんでいる。
 福島県のみんなのことを考え、想像して欲しい。」

「牛たちは被曝してしまい、商品価値はなくなったが
 無意味に殺処分するのではなく、被曝研究の目的で生かしたい。」

今回が東京での5回目のアピール行動だった吉沢さんは、
「繰り返しアピール続ける中で、メディアへの露出も増えてきた、少しずつ希望の牧場のこと、警戒区域内の牛たちのことが認知されてきている。
しかし、まだまだ政府を動かすには力が足りない。
もっと多くの人に知ってもらい、政府や自治体が無視できない実力を得たい。」
と、今後も粘り強くアピール行動を続けていく考えでいる。


●牛たちの囲い込みと隠される20km圏内

希望の牧場の舞台となっている吉沢さんのエム牧場では、広い放牧地の中で330頭の牛たちが今も元気に生きている。
一方、原発20km圏内には、放置された牛たちが1000頭以上、街中を自由に歩き回っているという現実もある。
一時帰宅した人達から「牛に家を荒らされた」「牛が町を汚している」といった苦情が各町役場に寄せられていることもあり、自治体は牛たちを特定の場所に囲い込み管理する方針を出し始めているという。

しかし、吉沢さんは、囲い込みの目的が牛たちの保護のためなのか、自治体が牛たちにエサや水を与え命を守っていくのか、しっかり見ていく必要があると語る。

牛たちの命を守るには、お金も人も必要であり、政府の方針が”殺処分”である現状では、苦情対策として牛たちを特定の場所に集めたとしても、命をつなぐための予算や人がどこからでるのか。。。
予算がなければ牛たちにエサを与えることができない、エサがなければ牛たちは餓死してしまう・・・
結果的に、餓死させるための囲い込みになる危険性がある

そして、原発20km圏内へのメディアの立ち入りが制限されていることについて、
「政府は20km圏内・警戒区域内の現実を隠そうと思っているのではないか。
 これでは20km圏内でもしも悲惨なことが起こっても、国民に現実が伝わらない」

と強い危機感を抱いている。



”牛たちの命を無意味に奪うのではなく、動物の被曝研究、除染研究の目的で生かす”という希望の牧場プロジェクトは、まだまだ政府や自治体に認められておらず、予断を許さない状況が続いている。
しかし、大学や研究機関での研究、調査も徐々に結果を出し始めている、警戒区域内の農家にもプロジェクトへの参加を呼びかけ、少しでも多くの牛たちの命を守りたい。これは牛屋の意地の問題だ、がんばりぬく。
と吉沢さんの表情は力強い。

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●希望の牧場 吉沢正己牧場長 渋谷ハチ公前アピール

福島で生きづつける吉沢さんの思い、少し長文ですがぜひお読みください。
※お話の内容が変わらない範囲で、一部編集しております。予めご了承ください。

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◯農家は逃げざるを得なかった

福島原発爆発放射能漏れ事故から七ヵ月が経ちました。
私は福島原発から14km地点の福島県浪江町で、330頭の牛を今も飼っています。

3月11日の大地震、大津波、そして12日からはじまる信じがたい原発の爆発事故を間近でこの目で見ながら、牛を守るために逃げるわけにはいかないと、停電の中で一週間被曝し続けました。

国や県、東電からの情報が一切無く、SPEEDIの情報が隠される中、浪江町の大勢の人が避難した津島という場所に、あの3月15日に大量の放射性物質を帯びた雪や雨が降りました。
大勢の方が被曝しながら、命からがらに二本松に逃げ出す。。。それがあの時の浪江町の状態でした。

近所の大勢の酪農家たちは、停電の中で水もエサも与えられない、原発からの放射能は猛烈に降り注いでくる。。。
そんな大混乱の中で、事故から数日のうちに搾乳牛すべてを諦め、逃げざるを得ませんでした。


牛たちを飼っていた大勢の農家のみなさんの無念の気持ちは、今も私の気持ちを奮い立たせます。


◯べこ屋の意地

私は浪江町で今なお330頭の牛を育てております。
被曝してしまい商品価値はまったくありません。
しかし、私は自分の作った牛舎の中で200頭300頭の牛を餓死させるわけにはいかない。

べこ屋の意地、畜産農家の意地の問題として、被曝覚悟でエサやりや水くれを続けて参りました。

私の体内からは、ホールボディカウンター検査で放射性セシウム134が3100ベクレル、セシウム137が3500ベクレル検出されました。
高線量の被曝をしながらもがんばってきたのは、牛屋として自分の牛を守るためにどうしても逃げるわけにはいかないという、強い思いからです。
その気持ちは今も変わりません。


◯国の方針は殺処分

今、希望の牧場の330頭の牛や、双葉郡内に残る1000頭を超える牛に対する国の方針は、殺処分であります。

多くの牛が豚がニワトリが、水もエサも無く死に果て干からびてミイラのようになっている。まさに地獄の様であります。

誰のせいでこんな風になってしまったのか?
東京電力の原発の爆発放射能漏れの大事故のせいです。

福島の大地を汚し、そして福島県の農家がみんなが苦しんでいます。
野菜を作っても、米を作っても、果物をつくっても
商売になりません。
福島県産の米は今年販売できるでしょうか、農家みんなが心配しています。


◯福島への差別

二本松でも、とうとうセシウムがでてしまいました。
そして今、福島県民みんなが困っているのは、差別にも近い風評被害の中で
福島県はいらない
福島県は放射能のバイキンだ
こういうような差別が起きている問題だと思います。


福島県は、東京、関東のために50年間電気を作ってきたんです。
水力発電所、火力発電所、原子力発電所10基、みんな東京のみなさんが使っている電気のためなんです。

その電気を作ってきた福島県が今、差別を受け苦しんでいる。
放射能汚染に苦しんでいる。

私は農家として、福島県のみんなの気持ちを東京で訴えたいと演説を続けています。

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◯被曝した牛たちは浪江町の希望になれる

福島県浪江町で330頭の牛は、今なお元気よく生きております。
たくさんの子牛たちも生まれました。

しかし被曝をして、売り物にはなりません。
この牛たちの新しい意味を、今わたしたちは訴えている所であります。

被曝して肉牛として売り物にはならないけれど、
全国の大学研究機関に呼びかけをして、
牛たちの被曝影響調査、牛たちの除染の研究調査をはじめて、成果がでてきております。

絶望的な浪江町の中でも、今後福島県の復興に役立つ被曝影響調査の確かな足がかりが、私の牧場では始まった所であります。

いま福島県200万人の県民は、放射能の影響調査ということで甲状腺やホールボディカウンター、尿検査、全員を検査することが始まっています。
若いお母さんたち、子供たちはどんどん福島県を離れ、人口は200万人を切りどんどん減ってきています。

食べ物心配も大きいと思います。心配だからこそ、しっかり調査をする、牛たちの体内のセシウム、ストロンチウム、様々な放射能の影響を徹底的にしっかり調べることが、食の安全にとって大事なことだと思います。

私の牧場の牛たちは、被曝した生き物として貴重なデータを提供することができると思います。だから私は希望だと思うんです。


◯絶望的な浪江町で戦う

逃げて、精神的に折れ曲がったままで良いのか、
仮設住宅で避難所で人生を終えて良いのか。。。

私たちは浪江町で戦うしかない、
逃げない、どんなに絶望的であっても、逃げてどうするんだ。
避難所で仮設住宅で人生終わってどうするんだ。
復興のために、明日の福島浪江のためにどうするんだ。
それを私は問いたいと思います。


福島県の農家の声を私は伝えたいと思います。
絶望的な浪江町の状況、放射能で汚染され、海の近くは津波で破壊され、
復興の”ふ”の字もありません。
だからといって絶望をし、人間的に生きる道がなくなって良いのか?

そういうふうに私は思うのです。

どうぞみなさん、福島県のみんなのことを考えてください、想像してください。

私たちは300頭の牛たちを、被曝研究のために立派に活かし抜いていきたいと思います。


◯生きる意味を考える

もし原発の事故が起こればどうなるか?考えようじゃありませんか。
もう一度福島と同じような事故が起これば、日本はおしまいです。

原発の電気にどっぷりと頼るような、そういう世の中から方向転換する時期がやってきたように思うんです。
放射能の問題は、福島県ばかりでなく、あちらこちらに広がってきています。

みなさん考えてください、みんなで日本の未来、この大震災、大津波、原発事故から見えることは、人間の生きる意味、私たちは何のために生きるのか一緒に考えようじゃありませんか

私の牧場の300頭の被曝した牛の生きる意味
これからも考えていきたいと思います。

逃げてくじけて倒れて、なんでこれで復興と言えるのか、
と私は浪江町で日々考えております。

どんなに放射能に被曝しようと、どんなに浪江町が絶望的な状況でも、負けるわけにはいかない。
東京電力に対し国に対し、その責任を明らかに、その償いを断固として求めながら、自分の力で浪江町の放射能汚染の現場を除染のためにがんばっていきたいと思います。

決して他人ごとではない、原発事故の大きな被害の中から、みんなで考える時がきたのだと思います
どうかよろしくお願いをいたします。
==========

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●みんなで協力、団結!「希望の牧場サポーター基金」のご紹介

10月から3月の半年間、300頭の牛たちの命を守るためには約900万円が必要となるそうです。
1日あたりの飼料代が約4.3万円。
10月1日現在で、約106万円が集まったそうですが、牛たちが冬を越すためにはまだまだ不足している状況です。
みんなで力を合わせて、牛たちをサポートしましょう!

以下、希望の牧場ブログより転載
警戒区域内に取り残された動物たちの命を救うため、当プロジェクトでは「希望の牧場モデルプロジェクト」となるエム牧場を中心に活動を行なってまいります。
みなさまのご支援・ご協力をお願いします。

「希望の牧場」サポーター基金について詳しくはこちら

「希望の牧場」オフィシャルブログ
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by nekotoru | 2011-10-25 12:01 | 福島 動物

牛たちの命を守る「希望の牧場」プロジェクト記者会見 Vol.2 ~高邑議員編~

10月9日(日)東京麹町で「希望の牧場」プロジェクト経過報告記者会見(自由報道協会主催)が行われた。
Vol.1の吉沢さんに続き、今回は高邑勉議員のお話をお伝えいたします。

□記者会見の概要
会見者
「希望の牧場」アドバイザー 高邑勉 衆議院議員
「希望の牧場」代表 エム牧場浪江農場農場長 吉沢正己氏
希望の牧場オフィシャルブログ

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「希望の牧場」プロジェクトとは
※この部分は、Vol.1 吉沢さん編と同文です。既にお読みいただいた方は読み飛ばしてください。
4月22日、政府は福島第一原発の20km圏内を警戒区域に指定。
これにより区域内の住民は避難を余儀なくされ、人々の立ち入りが禁止された。
しかし、人のいない「死のまち」と化した警戒区域に、多くの動物達が取り残されていた。エサも水もない過酷な状況の中で餓死しミイラ化してしまった家畜も多くいる。
一方、生き残った家畜たちに対し政府は、5月12日に殺処分の決定を下した。
被曝し商品価値がゼロになった家畜は殺せ
そんな風にとれるこの決定に、警戒区域内にあるエム牧場浪江農場に通い300頭以上の牛たちにエサを与え命をつなぎ続けいていた、農場長の吉沢さんは納得がいかず「キレた」。

「牛たちを餓死させたくない、ただただ殺したくなかった」との思いで、
必死に生きている命の意味、命を守る道を探し始める。

そして、警戒区域内の家畜たちを放射能被曝の研究、調査の対象にすれば、今後の日本の復興のために、人々のために役立つ命として活かす道があるのではないか、という答えにたどり着いた。

無意味な餓死や殺処分ではなく、家畜たちの命を守りそして社会のために活かす。
それが「希望の牧場」プロジェクトです。


●1000頭以上の牛たちは今も生きている

4月22日に福島原発から20km圏内が警戒区域に指定され、人の立ち入りが禁止された。
福島県の発表では、区域内に牛約3500頭、豚約30000頭、鶏約68万羽、他にも馬100頭、羊、ヤギ、ダチョウなどの家畜、そして犬や猫もたくさんいた。

原発がどうなるかわからない状況の中、多くの農家たちは家畜を置いたまま避難した。
つながれたままの家畜たちは、餓死をしてしまったが、4月22日以前に野に放たれた家畜たちもたくさんいる。
農家の方たちは、家には戻れない、しかし家畜たちをつないだまま放置すれば餓死してしまう・・・そんな状況の中で苦渋の決断を強いられた。

警戒区域に30回入っている高邑議員は、
「私の感覚では、3500頭の牛のうち今も1000頭以上は生きています。」
と、今からでも守れる多くの命の存在を語る。


●農家さんたちの悲痛な訴え

民主党災害対策本部の福島県対策室に所属している高邑議員は、被災地である南相馬市に入り、現地で被災した農家の方々の訴えを聞いていた。
そんな中で、エム牧場さんの悲痛な思いを聞いた。
行政から立ち入りの許可がおりない中でも、警戒区域に立ち入って牛たちを守っていた。
5月12日に政府が安楽殺の処分を決めたが、
「応じられない、そんな簡単なものではない。家族同然に育ててきた牛たちを紙切れ一枚の指示で殺すことはできない。
埋葬することも許されず、牛たちの命を無意味に一方的に奪うことは牛飼いの誇りにかけてできない。」
他の農家の方たちからも「おらのベコが死んじまう、どうにかしてくれ」という悲鳴にも似た多くの訴えが寄せられていた。


●野馬追いの馬28頭、豚26頭を救う

警戒区域の指定がされて4月22日、相馬の野馬追の馬28頭が区域内に取り残されていた。
人の立ち入りが禁止され、区域内から区域外への動物の移動も禁止されてはいたが、
相馬地方にとって特別な存在であるこの馬たちを、なんとか救うことはできないのかという要望を受け官邸に掛け合い、市が管理するというルールのもと救出することができた。
続いて、3000頭くらいを飼っていた養豚業者からの
「これまで40年間、改良を重ねてきた豚たちは、自分の人生そのもの。
これを全て殺処分というのは、自分の人生を全て否定されるようなもの。
なんとか種の保存だけでもできないか」
という訴えを受け、農水省、政府に掛け合い、26頭だけを東京大学の牧場に移し救うことができた。


●動きの鈍い政府、動き始めた研究者

5月25日の研究者の連盟で総理官邸に”被災動物の保護、被災動物の研究する国立のセンター”の提言を出した。
この提言は政府からは「貴重な提言である」という前向きな答弁を引き出した。
しかし、現場が動かなかった。
一時帰宅、避難区域の見直し、原発の工程表で手一杯、所管の農水省も稲ワラでのセシウム汚染牛の問題があり、全頭殺処分という頑なな態度であった。
しかし、半年がたったここにきて、学者が現地に入り動き始めた。
現在は、学者と市町村が連携し牛の保護が進み、市町村の管理のもと牛の被曝の実態調査、牛からセシウムを除去する研究がはじまった。

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●被災者が主役でなくてはならない

人間の手によって起こされた災害で、何の罪もない動物たちの命が一方的に奪われることはあってはならないと思う。
そして、その動物たちを飼っていた農家の方たちは、被災者である。

被災地では被災者の方たちが主役でなくてはならない。
被災者の方々の苦しみをどやって少なくしていくのか、
それを考えたら、被災者である農家が望まない殺処分、安楽殺をこれ以上すすめるべきでない
と考えている。
そして、考えだしたのが「希望の牧場」プロジェクトである。


●牛たちを研究という目的で生かしきる

餓死、殺処分ではなく、今も被曝しながら生きている牛たちを研究という目的で生かしきるという道があってもいいのではないか。

エム牧場には、今も300頭以上の牛が生きて放牧されている。
この牛たちをこのままの状態でいかし、研究者に入ってもらい研究を進めてもらう。

現に今とある市町村二箇所でこういった研究が進んでいる。
殺処分を望まいない農家の方たちに、この取り組みを知ってもらい参加して欲しい。

まだ国として、牛たちを保護し、被曝研究を進めるという方針を出していないが、
国がこの研究を進め、成果を世界に還元するべきと考えている。

すでに有益なデータがでつつあるので、成果を発表することで、必要な研究であるということを認めてもらえるように動いていきたい。


●牛たちが生き続けることが希望になる

すべての家畜が研究対象になるわけではない。
しかし、生きていくことに意味があると思っている。
家畜は経済価値がなくなったら、無用なんですか?
それは人間の勝手な都合である。
人間の手で起こした災害で、これ以上いのちを奪ってはならない。


殺処分という選択をするのも政治
しかし、いのちを活かすのも政治

被曝をした牛たちが、除染もままならない放射線に汚染された地域で生きていくのは
かわいそうであるが、そこで生き続けていくことが畜産をしている農家の方々、これから故郷に帰ろうと努力をされる方々にとって、希望の灯火になるのではないかと農家の方々とお話をしていて気づいた。



質疑応答の中から

●300軒の農家のうち140軒以上が同意していない

5月12日の政府の殺処分の指示に対し、300軒の農家のうち140軒以上が同意していない。実際に殺処分が行われたのは現時点で30軒二百数十頭であることを考えると、2000頭以上が生存している可能性もある。

現在は、牛や豚たちが自由に町の中を動き回っているため、
一時避難の人の車に牛があたったり、牛が民家を荒らしたりなどの被害がでている。
こうした現実は、農家の悩みにもなっている。

警戒区域は人が自由に入れないので、自治体を動かし家畜を早急に保護し囲い込む必要があると考えている。
すでにこうした取り組みは、南相馬市でははじまっている。


●被曝した牛たちの研究内容と成果

・牛の体内からのセシウムの除去実験
プルシャンブルー、ベントナイト、リンゴペクチン、水素還元水など科学的に効果が認められている薬、そうでないもの含め様々な方法で、体内のセシウムを除去する研究を始めている。

・放射能が生体に与える影響調査
チェルノブイリ事故後、放射能が大型哺乳類の遺伝子に与える影響の研究は行われなかったので、過去に例のない調査である。
現在、肉に含まれる放射性物質は、首の部位で検査されている。
しかし、どの部位にどのくらい、どういった影響がでるのかは研究されていない。
臓器はどうなのか、骨はどうなのか、そういったことはこれまで研究すらされてこなかった。
殺処分されてしまった牛たちの臓器や血液、骨を分析しはじめている。
遺伝子への影響評価は、時間と共に観察していく必要がある。
放射線量の高い地域で被曝しながら生きること、そういった環境そのものが研究対象となる。

・動物の行動学
放牧中の牛たちがどのような行動をとるか
これまで動物たちが自然の中で、どのような行動をとるかの研究はあまりされていなかった。


●みんなで協力、団結!「希望の牧場サポーター基金」のご紹介

10月から3月の半年間、300頭の牛たちの命を守るためには約900万円が必要となるそうです。
1日あたりの飼料代が約4.3万円。
10月1日現在で、約106万円が集まったそうですが、牛たちが冬を越すためにはまだまだ不足している状況です。
みんなで力を合わせて、牛たちをサポートしましょう!

以下、希望の牧場ブログより転載
警戒区域内に取り残された動物たちの命を救うため、当プロジェクトでは「希望の牧場モデルプロジェクト」となるエム牧場を中心に活動を行なってまいります。
みなさまのご支援・ご協力をお願いします。

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●関連記事
牛たちの命を守る「希望の牧場」プロジェクト記者会見 Vol.1 ~吉沢さん編~
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by nekotoru | 2011-10-17 19:59 | 福島 動物

牛たちの命を守る「希望の牧場」プロジェクト記者会見 Vol.1 ~吉沢さん編~

10月9日(日)東京麹町で「希望の牧場」プロジェクト経過報告記者会見(自由報道協会主催)が行われました。
伝えたいことがいっぱいのため、Vol.1では「希望の牧場」代表の吉沢さんのお話をお伝えいたします。

□記者会見の概要
会見者
「希望の牧場」アドバイザー 高邑勉 衆議院議員
「希望の牧場」代表 エム牧場浪江農場農場長 吉沢正己氏
希望の牧場オフィシャルブログ

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「希望の牧場」プロジェクトとは

4月22日、政府は福島第一原発の20km圏内を警戒区域に指定。
これにより区域内の住民は避難を余儀なくされ、人々の立ち入りが禁止された。
しかし、人のいない「死のまち」と化した警戒区域に、多くの動物達が取り残されていた。エサも水もない過酷な状況の中で餓死しミイラ化してしまった家畜も多くいる。
一方、生き残った家畜たちに対し政府は、5月12日に殺処分の決定を下した。
被曝し商品価値がゼロになった家畜は殺せ
そんな風にとれるこの決定に、警戒区域内にあるエム牧場浪江農場に通い300頭以上の牛たちにエサを与え命をつなぎ続けいていた、農場長の吉沢さんは納得がいかず「キレた」。

「牛たちを餓死させたくない、ただただ殺したくなかった」との思いで、
必死に生きている命の意味、命を守る道を探し始める。

そして、警戒区域内の家畜たちを放射能被曝の研究、調査の対象にすれば、今後の日本の復興のために、人々のために役立つ命として活かす道があるのではないか、という答えにたどり着いた。

無意味な餓死や殺処分ではなく、家畜たちの命を守りそして社会のために活かす。
それが「希望の牧場」プロジェクトです。


□希望の牧場の放射線量

事故から半年以上が経った今でも、警戒区域である希望の牧場(浪江農場)では常時高い数値の放射線量が計測されています。
建物内で3μSv/h前後、牧草地では4~8μSv/h、風向きによっては10μSv/hが記録されることがある。
比較用参考数値:東京では0.1μSv/h以下、放射線管理区域が0.6μSv/h以上
年間の被曝量20mSvを時間あたりに直すと3.8μSv
このような高線量の中で、今も牛たちは生きており、吉沢さんや牧場のスタッフは活動を続けています。

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●「ずっと続けてきてよかった」

吉沢さんは、3月以降ずっと牛たちにエサのもやしを運んでいる。
3月はまだ牧草が生えておらず、もやしがあったからこそ牛たちは生き延びられた。
現在は、牧草も食べているので週に一回だが、
トラックが牧場に入る音が聞こえると牛たちがワッと寄ってきて、ゾロゾロとトラックの後をついてくる。
そして、エサをあげていると牛は次から次に寄ってくる、1kmも離れたところからも列をつくって寄ってくる。
そんな牛たちの姿を見て、「(希望の牧場プロジェクトを)ずっと続けてきてよかったと思う。」

と語った時、吉沢さんの表情が少しだけ緩んだのがとても印象的でした。
吉沢さんは、やさしい気持ちで命と向き合っている方なんだな、
命を大切に思う心が「希望の牧場」プロジェクトを推進する原動力なんだなと、感じました。


●天国と地獄

「周辺の牧場や牛舎と比べると天国と地獄の差がある。」

会見の冒頭に流されたVTRに映しだされた、
牛舎や豚舎の中で餓死しミイラ化、白骨化した牛や豚たち。
一方、希望の牧場では子牛もたくさん生まれ、牛たちは青々としげった牧草を食みながら自由に元気に暮らしている。

浪江町の中に、まさに天国と地獄のような状況が生まれてしまった。

吉沢さんは、牛たちを置いてかざるをえなかった人達の気持ちについて
「誰だって大事に飼っていた牛を見捨てて逃げるわけがない
しかし、そうせざるを得なかった・・・それが原発事故のものすごい恐怖だろうと思う。」
と話した。

原発事故がもたらす悲惨、凄惨な現実を見せつけられ、
原発は、エネルギー問題であると同時に、命の問題でもあるのだと改めて感じました。


●商品価値がゼロになったら、生きる意味がないのか

浪江町では警戒区域に指定され、人の立ち入りが禁止された4月22日以降、動物たちが飢えに苦しみ餓死するものもいた。
吉沢さん自身も、築三年の家からの避難を余儀なくされている。
そして、5月12日に政府から生き延びている家畜たちへ「殺処分」の通達が来た。
この時の心情を吉沢さんは、「もうキレたと」と表現されました。

たしかに被曝してしまった家畜たちは、商品価値がゼロになってしまった。
しかし、商品価値がなくなった瞬間に生きている意味のない存在にになってしまうのか。
吉沢さんたちは、家畜の殺処分には反対の立場から、牛たちが生きていく新しい意味を探し始める。
もちろん経済活動ではない、ペットでもない・・・
何かの意味が無いと、これから長く続くこの活動を自分たちはやっていけいない・・・
そして、ついに見つけた答えが
「牛たちを被曝研究に活かし役立てる、本当にこれだと思った。
これなら牛たちの生きる意味がある。」


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●絶望のまちに希望の火を灯したい

「死のまち、という表現があったが、その通りです。
私は絶望のまちと思っている。」


「港の方は、長い時間をかけて築きあげてきたものが木端微塵
絶望的な被害状況である。」

「浪江町の人達の多くは県外に避難している。
浪江町がなくなってしまうかもしれない
もう二度と浪江町で米はつくれないだろう
みんなそれはわかっていると思う。

そういう浪江町に帰る意味があるのかと思う。
帰れもしないし、帰る意味もない。
まさに絶望的な状況
しかし、その中で私たちは6ヶ月7ヶ月と頑張ってきた
絶望的な状況の中で、自らの手で希望の灯りをともすために
残りの人生の課題として取り組んでいきたい。
決死救命、団結
みんなの力で死ぬ気で頑張る
そういう中に、希望の火がともると思う。」



●みんなで協力、団結!「希望の牧場サポーター基金」のご紹介

10月から3月の半年間、300頭の牛たちの命を守るためには約900万円が必要となるそうです。
1日あたりの飼料代が約4.3万円。
10月1日現在で、約106万円が集まったそうですが、牛たちが冬を越すためにはまだまだ不足している状況です。
みんなで力を合わせて、牛たちをサポートしましょう!

以下、希望の牧場ブログより転載
警戒区域内に取り残された動物たちの命を救うため、当プロジェクトでは「希望の牧場モデルプロジェクト」となるエム牧場を中心に活動を行なってまいります。
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牛たちの命を守る「希望の牧場」プロジェクト記者会見 Vol.2 ~高邑議員編~
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by nekotoru | 2011-10-16 10:13 | 福島 動物


普段は猫写真家ですが、たまに小さなメディアになって伝えます。おしどりマコさんケンさんの「自分がメディアになろうぜ」一期生?(仮&非公認)自分で見たこと聞いたこと、感じたままにお伝えします。


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