牛たちの命を守る「希望の牧場」プロジェクト記者会見 Vol.1 ~吉沢さん編~

10月9日(日)東京麹町で「希望の牧場」プロジェクト経過報告記者会見(自由報道協会主催)が行われました。
伝えたいことがいっぱいのため、Vol.1では「希望の牧場」代表の吉沢さんのお話をお伝えいたします。

□記者会見の概要
会見者
「希望の牧場」アドバイザー 高邑勉 衆議院議員
「希望の牧場」代表 エム牧場浪江農場農場長 吉沢正己氏
希望の牧場オフィシャルブログ

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「希望の牧場」プロジェクトとは

4月22日、政府は福島第一原発の20km圏内を警戒区域に指定。
これにより区域内の住民は避難を余儀なくされ、人々の立ち入りが禁止された。
しかし、人のいない「死のまち」と化した警戒区域に、多くの動物達が取り残されていた。エサも水もない過酷な状況の中で餓死しミイラ化してしまった家畜も多くいる。
一方、生き残った家畜たちに対し政府は、5月12日に殺処分の決定を下した。
被曝し商品価値がゼロになった家畜は殺せ
そんな風にとれるこの決定に、警戒区域内にあるエム牧場浪江農場に通い300頭以上の牛たちにエサを与え命をつなぎ続けいていた、農場長の吉沢さんは納得がいかず「キレた」。

「牛たちを餓死させたくない、ただただ殺したくなかった」との思いで、
必死に生きている命の意味、命を守る道を探し始める。

そして、警戒区域内の家畜たちを放射能被曝の研究、調査の対象にすれば、今後の日本の復興のために、人々のために役立つ命として活かす道があるのではないか、という答えにたどり着いた。

無意味な餓死や殺処分ではなく、家畜たちの命を守りそして社会のために活かす。
それが「希望の牧場」プロジェクトです。


□希望の牧場の放射線量

事故から半年以上が経った今でも、警戒区域である希望の牧場(浪江農場)では常時高い数値の放射線量が計測されています。
建物内で3μSv/h前後、牧草地では4~8μSv/h、風向きによっては10μSv/hが記録されることがある。
比較用参考数値:東京では0.1μSv/h以下、放射線管理区域が0.6μSv/h以上
年間の被曝量20mSvを時間あたりに直すと3.8μSv
このような高線量の中で、今も牛たちは生きており、吉沢さんや牧場のスタッフは活動を続けています。

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●「ずっと続けてきてよかった」

吉沢さんは、3月以降ずっと牛たちにエサのもやしを運んでいる。
3月はまだ牧草が生えておらず、もやしがあったからこそ牛たちは生き延びられた。
現在は、牧草も食べているので週に一回だが、
トラックが牧場に入る音が聞こえると牛たちがワッと寄ってきて、ゾロゾロとトラックの後をついてくる。
そして、エサをあげていると牛は次から次に寄ってくる、1kmも離れたところからも列をつくって寄ってくる。
そんな牛たちの姿を見て、「(希望の牧場プロジェクトを)ずっと続けてきてよかったと思う。」

と語った時、吉沢さんの表情が少しだけ緩んだのがとても印象的でした。
吉沢さんは、やさしい気持ちで命と向き合っている方なんだな、
命を大切に思う心が「希望の牧場」プロジェクトを推進する原動力なんだなと、感じました。


●天国と地獄

「周辺の牧場や牛舎と比べると天国と地獄の差がある。」

会見の冒頭に流されたVTRに映しだされた、
牛舎や豚舎の中で餓死しミイラ化、白骨化した牛や豚たち。
一方、希望の牧場では子牛もたくさん生まれ、牛たちは青々としげった牧草を食みながら自由に元気に暮らしている。

浪江町の中に、まさに天国と地獄のような状況が生まれてしまった。

吉沢さんは、牛たちを置いてかざるをえなかった人達の気持ちについて
「誰だって大事に飼っていた牛を見捨てて逃げるわけがない
しかし、そうせざるを得なかった・・・それが原発事故のものすごい恐怖だろうと思う。」
と話した。

原発事故がもたらす悲惨、凄惨な現実を見せつけられ、
原発は、エネルギー問題であると同時に、命の問題でもあるのだと改めて感じました。


●商品価値がゼロになったら、生きる意味がないのか

浪江町では警戒区域に指定され、人の立ち入りが禁止された4月22日以降、動物たちが飢えに苦しみ餓死するものもいた。
吉沢さん自身も、築三年の家からの避難を余儀なくされている。
そして、5月12日に政府から生き延びている家畜たちへ「殺処分」の通達が来た。
この時の心情を吉沢さんは、「もうキレたと」と表現されました。

たしかに被曝してしまった家畜たちは、商品価値がゼロになってしまった。
しかし、商品価値がなくなった瞬間に生きている意味のない存在にになってしまうのか。
吉沢さんたちは、家畜の殺処分には反対の立場から、牛たちが生きていく新しい意味を探し始める。
もちろん経済活動ではない、ペットでもない・・・
何かの意味が無いと、これから長く続くこの活動を自分たちはやっていけいない・・・
そして、ついに見つけた答えが
「牛たちを被曝研究に活かし役立てる、本当にこれだと思った。
これなら牛たちの生きる意味がある。」


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●絶望のまちに希望の火を灯したい

「死のまち、という表現があったが、その通りです。
私は絶望のまちと思っている。」


「港の方は、長い時間をかけて築きあげてきたものが木端微塵
絶望的な被害状況である。」

「浪江町の人達の多くは県外に避難している。
浪江町がなくなってしまうかもしれない
もう二度と浪江町で米はつくれないだろう
みんなそれはわかっていると思う。

そういう浪江町に帰る意味があるのかと思う。
帰れもしないし、帰る意味もない。
まさに絶望的な状況
しかし、その中で私たちは6ヶ月7ヶ月と頑張ってきた
絶望的な状況の中で、自らの手で希望の灯りをともすために
残りの人生の課題として取り組んでいきたい。
決死救命、団結
みんなの力で死ぬ気で頑張る
そういう中に、希望の火がともると思う。」



●みんなで協力、団結!「希望の牧場サポーター基金」のご紹介

10月から3月の半年間、300頭の牛たちの命を守るためには約900万円が必要となるそうです。
1日あたりの飼料代が約4.3万円。
10月1日現在で、約106万円が集まったそうですが、牛たちが冬を越すためにはまだまだ不足している状況です。
みんなで力を合わせて、牛たちをサポートしましょう!

以下、希望の牧場ブログより転載
警戒区域内に取り残された動物たちの命を救うため、当プロジェクトでは「希望の牧場モデルプロジェクト」となるエム牧場を中心に活動を行なってまいります。
みなさまのご支援・ご協力をお願いします。

「希望の牧場」サポーター基金について詳しくはこちら


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牛たちの命を守る「希望の牧場」プロジェクト記者会見 Vol.2 ~高邑議員編~
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by nekotoru | 2011-10-16 10:13 | 福島 動物


普段は猫写真家ですが、たまに小さなメディアになって伝えます。おしどりマコさんケンさんの「自分がメディアになろうぜ」一期生?(仮&非公認)自分で見たこと聞いたこと、感じたままにお伝えします。


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